魔王「おれと来てくれないか、魔法使い」魔法使い「...ああ」
魔王「おれと手を組め」魔法使い「断る」 の続きです。
勇者殺しの犯人である戦士を打ち倒した魔法使い。
魔法使いも魔族との混血という大きな十字架を背負う身であった。
魔法使いは、青年(魔王)とともに旅に出ることとなった。
――魔法使いの宿部屋
「......さん...」
魔法使い「ん......」
僧侶「魔法使いさんっ!」
魔法使い「ッ!?」ハッ
僧侶「良かった...大丈夫ですか?」
魔法使い「あ、え、僧侶?」
僧侶「はい、僧侶ですが」
魔法使い「何で私の部屋に?」
僧侶「お手洗いに行こうとしたら魔法使いさんの部屋から唸り声が聞こえて...」
僧侶「それに、鍵がついていなかったのでつい......すみません」
魔法使い「謝ることはない。少し無防備だったな」
137 : 1[saga] - 2012/06/30 22:43:59.01 t5yYcacAO 111/238
僧侶「そうですよ、自分のことも考えて下さい」プクッ
魔法使い「悪い。――それより、気分はどうだ?」
僧侶「...少しだけ落ち着きました。ごめんなさい、昨日は色々と」
魔法使い「困ったときはお互いさま、だろ?構わないさ」
僧侶「魔法使いさんは、優しいですね」
魔法使い「そんなことはないさ。放っておけないだけだ」
僧侶「それを優しいというんですよ」クス
魔法使い「そう言えば、今の時刻は?」
僧侶「五時前です。まだ朝は来ませんね」
魔法使い「そうか。じゃあ二度寝でも洒落込むかな」
僧侶「あ、あの」
魔法使い「ん?」
僧侶「さっき、悪い夢...みていたんですよね?」
魔法使い「......ああ」
僧侶「じゃあ、わたしが側についていてあげます。悪い夢を見ないように」
魔法使い「......んん?」
僧侶「い、いわゆる添い寝です」
魔法使い「...神は許してくれるのか?」
僧侶「さすがにそれぐらいは許して下さるでしょう...多分」
僧侶「」モゾモゾ
魔法使い(これ逆に寝れないぞ)
僧侶「あ、そうだ。手首......」
魔法使い「手首?......ああ、切ったところか」スッ
僧侶「あれ?治りかけていますね」
魔法使い「......。ちょっと僧侶の治癒魔法を真似してみたんだ」
僧侶「わあ、すごいですね」
魔法使い「いやいや。魔法は複雑だし、治りきらないし、僧侶は凄いと思ったよ」
僧侶「そ、そんなことないです。じゃあ最後まで治しますね」パァァ...
魔法使い「ありがとう」
僧侶「...なんだか、懐かしい感じがします」
魔法使い「そうなのか?」
僧侶「わたしは孤児だったから、教会で育てられたんです」
魔法使い「......」
僧侶「あ、他の同じ境遇の子と仲が良かったからあまり寂しくはなかったですよ?」
魔法使い「...へぇ」
僧侶「でもやっぱり、寂しくなるときはあって...」
僧侶「そういう時は年上のお姉さんの布団に侵入して寝てたんです」
魔法使い「何か言われなかったのか?」
僧侶「うーん...ちょっと迷惑そうでしたけど、何も」
僧侶「そのお姉さんは戦争が始まる前にどこかに行ってしまいました」
僧侶「今はもう二十歳を越えているでしょうね。子供、いるのかなぁ」
魔法使い「どうだろうなぁ」
僧侶「...なんかすみません、こんな話をして」
魔法使い「いいよ。誰にだってそういう気分になることがある」
僧侶「そうですね」
僧侶「...魔法使いさんはすごく強いですけど、いつぐらいから魔法の修行を?」
魔法使い「うーん...10歳ぐらいからかな」
僧侶「ええ!?じゃあまだ修行初めて10年もたってないんですか?」
魔法使い「んー......うん。師匠は厳しかったから上達せざるを得なかった」
僧侶「天才なんですね...」
魔法使い「師匠いわく素質というか力『だけ』はあったから」
僧侶「師匠はどんな人だったんですか?」
魔法使い「いやぁ厳しかった厳しかった。何度か殺されかけた」
僧侶「あはは」
魔法使い「でも色々お世話にはなったよ」
『それで終わりか?まだいけるだろう』
『お前どうやったらスープを毒物に変えられるのだ!?』
魔法使い「......」
『――お前の生き方だからな。反対はできんよ』
『行ってこい』
魔法使い「...きっとあれが師匠なりの優しさだったんだな」
魔法使い「僧侶?」
僧侶「......」スー
魔法使い「...寝たのか」
僧侶「......」スースー
魔法使い「むぅ」
青年「どうした」
魔法使い「何故彼女にはあって私にはないのだろうと熟考していた」
青年「考えようがないものはない。諦めろ」
魔法使い「......」
青年「......」
僧侶「......」スースー
魔法使い「お前、いつからそこに」
青年「今だ」
魔法使い「常識的に考えろ。寝ている人間の部屋に忍び込むな」
青年「なにを今更。それにその常識は人間の常識だろう?」
魔法使い「ああ...そっち魔物だもんな」
青年「しっかりしてくれ。だてに胸ではなく頭脳に栄養を回したわけではあるまいに」
魔法使い「殴られたいか」
青年「しかし驚いた。一切性別がバレる様子がないとは」
魔法使い「...サラシできつく巻いてるからな」
魔法使い「下半身はともかく、少し触られたぐらいではバレない」
青年「よかったじゃないか、元から小さくて」
魔法使い「黙れ。何事も控え目が一番いいんだ」
青年「必死だな」
魔法使い「...で?朝っぱらから何のようだ」
青年「なぁに。微妙に魔力を放出しているから見に来ただけだ」
魔法使い「...そうか?魔力を抑える魔法が弱まっていたか」
青年「むしろ逆だ。魔力が強くなっている」
魔法使い「強くなっている?」
青年「気づかないのか。まぁ、満月が近いしな」
魔法使い「?」
青年「満月の夜は魔力が少しばかし増えると言われている。それのせいかもな」
魔法使い「...初めて聞いたが。魔物限定じゃないか、それ」
青年「分からん。人間も同じようなものだと思っていたが」
魔法使い「ふぅん......なるほどな」
魔法使い(満月の日に魔王襲ってたらヤバかったな)
青年「そんなとこだ。そっちの少女が目覚めて騒がれてもこまるし、おれは戻る」
魔法使い「そうしろ」
青年「ふん、冷たいな」ヒュンッ
魔法使い「まったく......」
僧侶「......」スースー
魔法使い(...僧侶も実は寝れなかったんじゃないのか?)
魔法使い(怖いよな、犯人が側にいるかもしれないんだから)
魔法使い「......」ギュッ
魔法使い「温かいな、相変わらず」
――魔王城
人魚「上流から水が汚れていると意見が」パチャパチャ
ゴブリン「ええい跳ねるな跳ねるな。濡れる」
トロール「上流といったら巨人かもナ。ちょっと聞いてみル」
魔大臣「ふぁ...もう朝だ」
ミノタウロス「続きの会議は夜から――」
青年「ご苦労だな」シュンッ
人魚「え?あ、......魔王さま!!」バシャッ
ゴブリン「ギャーー!!」グッショリ
トロール「魔王さま、人間のお姿ですカ」
魔王「ああ忘れていた。これでいいか」
魔大臣「丁度良い時に。人間の街で一部の魔物が暴れていると――」
魔物「それさっき殲滅してきた」
魔大臣「わぁお」
人魚「すごい......」パチャパチャ
ゴブリン「わざわざ報告にこられたんですか?お疲れさまっす」
魔王「ついでに会議の様子もな」
魔王「おれがいなくとも回るとは思うが、ずっと放置というのもあれだし」
人魚「いいえ!魔王さまがいない会議なんてただのむさい集まりですわ!」バシャン
ゴブリン「おい」
魔大臣「即位してからずっと根詰めて働いてきたのですから、たまには休みませんと」
トロール「でモ、たまに帰ってきてくれないと困ル」
魔大臣「そういえば、側近は?」
側近「呼んだか」バサッ
魔大臣「おおう、いたいた。魔王さまの側にいるのならいいや」
魔王「おれの一人歩きはそんなに不安か」
ミノタウロス「遊びに慣れてない人がいきなり遊びに行くなんてそりゃ心配にもなりますって」
トロール「遊びすぎも毒ですガ、仕事だけというのも毒ですネ」
魔王「前代魔王は仕事ほったらかして遊び呆けていたな、そういえば......」
人魚「おかげで魔王さまは幼いうちから代理をされてましたね...」ポロポロ
ミノタウロス「涙――というか、真珠出てる真珠」
ゴブリン「怒り狂った人魚が前代魔王に破滅の唄を歌って三階の廊下が壊れたのはいい思い出だな」
ミノタウロス「すごかったな。それを退けた前代魔王さまもすごかったが」
ゴブリン「あれは後片付け大変だったな......」
トロール「うン」
人魚「だからしばらくは魔王さま、羽を伸ばしていいんですよ?」ポロポロ
ゴブリン「それ以上泣くな、また床が真珠だらけになる」
トロール「踏んだ瞬間滑って転ぶよネ」
ゴブリン「そうだ。最近勇者の気配を察知したのですが、突然消え失せまして」
ゴブリン「何かご存知ですか?」
魔大臣「まだ言ってなかったか。それは――」
魔王「勇者は死んだ」
人魚「え?」
トロール「なゼ?」
魔王「どうやら人間にやられたらしくな。今犯人を探している途中だ」
ミノタウロス「ん?魔王さま、勇者パーティーの付近にいるんですか?」
人魚「まあ」
魔王「そうだ。あれじゃおれの討伐には来れないな」
魔大臣「ふむ...人間に、ですか......」
トロール「人間、領地ぐらいで殺しあいするもんナ」
ゴブリン「広い土地を持て余してるくせにさらに広い土地を狙うんだもんな」
魔王「そのぐらいだ。何かあったら呼べ」
魔大臣・人魚・トロール・ゴブリン・ミノタウロス「畏まりました」
シュンッ
人魚「あう...行っちゃった...」
トロール「残念だったナ」
ゴブリン「魔王さまに惚れてるんだっけ?」
ミノタウロス「まずケバい化粧除かないと振り向いてくれないな」ニヤニヤ
人魚「なんですって!」
側近「......」
ミノタウロス「うお!?」
ゴブリン「あれ?魔王さまと転移したんじゃ」
側近「お前たちと話したいことがあったからな......先にいってもらった」
トロール「なんダ?」
側近「人間でも、魔物と同じように魔法を使うものがいるじゃないか」
ゴブリン「いわゆる"魔法使い"だな」
人魚「うんうん、それで?」
側近「なにか、"魔法使い"に制限かけられていたりするのか?」
ミノタウロス「制限?」
側近「なんでもいい。心当たりがあれば教えてくれ」
トロール「うーン?」
人魚「あ、そういや昔聞いたことあるわよ」
ミノタウロス「おお」
人魚「おばあちゃんが教えてくれたの」
側近「彼女は素晴らしい歌声だったな」
人魚「うん、あたしたちの誇り」
人魚「"魔法使い"はねー、男しかなれないんだってさ」
ゴブリン「どういうことだ?それは」
人魚「魔法を使える素質が絶対的に男しか持てないっていうやつみたい」
ミノタウロス「あるんだな、そういうの」
側近「......女は?」
人魚「ほぼいない。いたとしても"魔女"として燃やされるだとか」
トロール「それはまタ、なんでなんだろウ」
人魚「"魔女"は異質、というか歓迎されてないようね」
人魚「なんというか...あちらからすると汚い血が流れてるから、らしいよ?」
側近「それって」
人魚「うん、つまり――――」
――宿
魔法使い「魔物がぜんぶ倒されていた?」
剣士「そうだ。朝から生々しくて悪いが」
剣士「隣の隣の街で魔物の襲撃があったようなんだ。今朝、そいつらが倒されていた」
魔法使い「......」
剣士「これと勇者と盗賊の件は別物かはまだ不明だ」
魔法使い「別物っぽいがなぁ」
剣士「あ。もしかしたら、街を襲う前に勇者を襲ったとか」
魔法使い「ではなぜ盗賊も死んだ?」
剣士「ぐぬぬ......」
魔法使い「ペンダントや所持品が消えた理由も分からないぞ」
剣士「ぐぬぬぬ......」
剣士「だぁ!どうすればいいんだ!」
魔法使い「落ち着け」
剣士「むーむむ...勇者に恨みをもっていた魔物か人物...だめだ、盗賊とペンダント...」
魔法使い「魔物からは離れないんだな」
剣士「当たり前だろ?傷は剣によるものだったが、もしかしたら人間のフリして使ったかもしれないし」
魔法使い「剣ね...そういえば市場で中古の剣を売っていたな」
剣士「盗んだものかもしれんが...今日行って聞いてみるか」
魔法使い「ああ」
僧侶「おはようございます」
剣士「おはよう。珍しく遅いな」
僧侶「えへへ...寝すぎました」
魔法使い「戦士、遅いな」
剣士「いつものことだろ」
僧侶「呼んできますね」トントントン
剣士「......戦士も戦士で辛いだろうな」
魔法使い「勇者のことでか」
剣士「そうだ。二人とも夜遅くまで飲んでいた仲だし」
魔法使い「そうだったな」
剣士「ああでも...複雑でもあっただろうな。戦士、姫様が好きだったから」
魔法使い「そうなのか?」
剣士「一目惚れだと。どうしたって結婚出来ない相手に恋は辛いよな」ハァ
魔法使い「剣士...もしかして、僧侶が」
剣士「な、なんでそこに行き着く!?アホか!」
魔法使い(図星か)
トントントン
戦士「おふぁよう」
魔法使い「はいおはよう」
僧侶「朝ごはん頼んできますね」パタパタ
剣士「どうした?夜遅くまで起きていたか?」
戦士「落ち着かなくてな」
剣士「無神経なお前がか?」
戦士「うるせー」
戦士「それで?今日はどうするつもりなんだ」
魔法使い「私はまず第一発見者のところに行きたい」
剣士「そのあと、最近剣を買った人物がいないか聞きにいく」
戦士「そりゃまた、なんでだ?」
剣士「剣の使い方が力任せで未熟だったんだ」
魔法使い「だから、普段は剣を専門にしないやつだと思ってな」
戦士「ほお...昨日勇者たちの身体をみたんだったな」
魔法使い「私は第一発見者のところへ、剣士は剣を見に行く」
魔法使い「戦士は?」
戦士「個人行動はぶっちゃけ嫌だが...残っているよ」
剣士「憲兵が来るかもだしな」
戦士「そうだ」
僧侶「お待たせしましたー。なんの話ですか?」
戦士「今日なにするかって話だよ」
魔法使い「私は第一発見者のところ、剣士は剣を見に、戦士は留守番だが」
僧侶「わたしは...」
戦士「剣士についてってやれよ。変なもの買わないように見張ってくれ」ニヤニヤ
剣士「ぶっ!?」
魔法使い(こいつも知っているのか)
――街
魔法使い「......」スタスタ
青年「よう」
魔法使い「一働きしたみたいだな」
青年「まあな」
魔法使い「容赦ないんだな」
青年「生ぬるい支配は争いを起こす。厳しくしないといけない」
魔法使い「大変なのか」
青年「ふん。反勢力も芽を摘まないとな」
魔法使い「へぇ」
青年「それに勇者の行動の監視も加わると死にかける」
魔法使い「激務だな......」
青年「だから、勇者がいなくなって楽になったと喜ぶべきか」
青年「退屈を壊す人間がいなくなってしまったと嘆くべきなのか」
青年「おれにはさっぱり分からん」
魔法使い「...なんとも"魔王"らしい言葉だな」
魔法使い(それか揺れる感情に困っている思春期っぽい)
青年「ふん。だてに魔王を百数年しているわけではない」
魔法使い「......容姿、若いんだな」
青年「魔王を討伐に来ているのに魔物のことを知らないのか」
魔法使い「わ、私はなんでも知っているわけではないからな」
青年「はっ。――年をとるのが遅いんだよ、人間と比べてな」
魔法使い「...どのくらい?」
青年「長くて千年。長寿は龍族だ」
魔法使い「そんな長く、か。本気を出せば人間界を征服できるんじゃないか?」
青年「ほう?」
魔法使い「コツコツと攻めていけば、さ」
青年「なんだお前。攻めてほしいのか?」
魔法使い「そういうわけじゃない。ただの思いつきだ、本気にするな」
青年「今のところ、おれたちはこの状態が一番いい形だ」
魔法使い「そう...なのか」
青年「それをわざわざ壊すなどアホか」
魔法使い「.........」
青年「それにこちらから戦争をおっぱじめるとなると各種族に協力を仰ぎ」
青年「効率の良い陣地の配分をし指揮をあげて指示をし毎朝毎晩会議続きだ」
青年「勇者に殺されるとか、攻められて落城云々の前に過労で倒れる」
魔法使い「かなり過酷だな!?」
青年「...普通は前代も手伝ったりしてくれていいんだがな」ボソ
魔法使い「......?前代魔王と、仲が悪いのか?」
青年「......ふん」
魔法使い「なんでそう頑なな態度に――」ザクッ
鷹「調子に乗るな、小娘」ヒソリ
魔法使い「あぃだ!?つ、つつかれた!おいつつかれたぞ!」
鷹「魔王さまの深部にずけずけと入り込むな馬鹿者。殺されないだけよしと思え」ヒソ
魔法使い「~~~」
青年「ははっ。端からみると鷹の調教に失敗したやつみたいだな」
魔法使い「悠長なこといってないでなんとかこの鷹を――っぃだ!?」ザクッ
鷹「だいたい貴様は魔王さまに無礼すぎる!ここで叩き直してやろう!」
魔法使い「赤毛になる!髪の毛が赤毛に!!」
子供「ママー、あそこで男の人が悶えてるよー」
母親「見ちゃだめ」
魔法使い「ひどい目にあった」
青年「なかなか愉快だった」
魔法使い「私は不愉快だがな」
青年「当人には悲劇でも周りから見ると喜劇って本当のことだったことが分かったよ」
魔法使い「性格悪いぞ」
青年「ふん」
魔法使い「しかしなんだあの鷹は。過保護か。過保護なのか」
青年「まあな。気づいたらおれの監督官だったわけだし」
魔法使い「へぇ」
青年「...思えば、あいつもおれのそばにいてよく死なないな」
魔法使い「何をしてたんだあなたは」
青年「大したことじゃない。ほら、ここだろ」
魔法使い「...まあいい。ここだな」
リンリン
青年「......」
魔法使い「ごめんください」
シン...
魔法使い「やけに静かだな」
青年「配達物が箱に挟まったままだ」
魔法使い「郵便受けというものだよ。まだ寝ているのかな」
おばさん「あれま、あんたたちどうしたの?」
魔法使い「おはようございます。少し、ここの人に用が」
おばさん「ベルは鳴らした?」
魔法使い「はい。――でも、誰も出てこなくて」
おばさん「おかしいわねぇ?いつも早起きなんだけれど...」リンリン
青年「......」スッ
カチャッ
魔法使い「...ドアが開いた」
青年「なるほど...」
おばさん「え?え?」
魔法使い「すいません、そこにいて下さい」
青年「嫌な予感がしますので」
おばさん「あ、ちょっとー!」
魔法使い「おはようございまーす、魔法使いですが」スタスタ
青年「誰かいらっしゃいませんか」スタスタ
魔法使い「リビングに灯りがついてる。いるかもな」
青年「期待した形ではいないだろうがな」
魔法使い「......。見なくちゃ分からないだろ」
青年「そうか」
魔法使い「開けるぞ」
青年「ああ」
カチャ
魔法使い「......」
青年「......」
魔法使い「......」
青年「......期待通りか?」
魔法使い「......全然。出来れば、予想で終わって欲しかったものだが」
青年「見事なまでに惨殺されているな。抵抗のスキを与えていない」
魔法使い「このお婆さんには罪はないのに...」
青年「第一発見者は?」
魔法使い「...確か、上にいたはずだ。いってみよう」
魔法使い「ご主人!」ガチャッ
青年「きっちり殺ったか......」
魔法使い「......」
青年「喉が切り裂かれている。即死だな」
魔法使い「叫ばせないためか?殺人に慣れた人物の犯行だろうか」
青年「ああ、これは剣の傷跡か」
青年「傷は喉のみ。強い恨みはなかったようだ」
魔法使い「......」スクッ
青年「だいぶ、犯人絞り込めてきたんじゃないか?」
魔法使い「...残念なことに、そうだな」
――市場
僧侶「初めてかもしれませんね、剣士さんと二人っきりになるのは」
剣士「お、おお、そうだな」ドキッ
剣士(俺の馬鹿!意識してどうする!)
剣士(もしかしたら付近に勇者と盗賊を殺した野郎がいるかもしれないんだ)
剣士(今は色恋云々している場合じゃないんだよ俺!)
僧侶「...剣士さん、そのまま進むと香辛料の中に突っ込みますよ?」
剣士「うおっ、危ねぇ」
僧侶「やはり、剣士さんも無理をしてられるのでは...」
剣士「大丈夫さ。何回か戦場に行ったりしてるし――」ハッ
僧侶「そうですか...」
剣士(間違えた...会話の選択肢を明らかに間違えたぞ)
剣士(彼女は聖職者だから生き死にに敏感なんだったな...)
剣士「まあ、なんだ。僧侶は?顔色が優れていないが」
僧侶「わたしは大丈夫ですよ。今日はよく眠れましたから」
剣士「そうか、それはよかったな」
僧侶「はい」
剣士「っと、あれか?」
僧侶「剣や槍が並んでいるところですか?そうみたいですね」
剣士「なんか覚えてるといいんだけどな。こんちは、おじさん」
店主「アァ?冷やかしは帰れ」
剣士「冷やかしじゃないぜおっさん。聞きたいことがあってな」
店主「媚薬は向こうのババアんとこだ」
僧侶「?」
剣士「誰もそんなこと言ってねぇよ」
僧侶「ビヤクってなんですか?」
剣士「.........。人の理性を壊す代物だよ」
僧侶「まぁ怖い...」
店主「なるほどお嬢ちゃんは知らなくて当然だわな」ヒッヒッ
剣士「黙ってろおっさん」
僧侶「あの、それで。この数日で剣を買いに来た方はいらっしゃいませんでしたか?」
店主「何人かいたが...なんでだ?」
剣士「...おっさん、勇者が殺されたことは知ってるか?」コソ
店主「なんと。あれは嘘じゃなかったのか」
剣士「ああ。混乱起こすから大々的には言ってないが」
店主「その方がいい。ふむ――凶器は剣か」
僧侶「そうです」
店主「...あんちゃん、どうやら"剣士"っぽいが」
剣士「俺を疑っているなら答えは『いいえ』だ」
剣士「勇者を殺すメリットどころか、デメリットしかない」
僧侶(剣士さんは称号と成功報酬が欲しいんでしたっけ)
店主「はいはい分かった分かった」
店主「しかし...この数日で買ったのは何人もいるからな...」
僧侶「何か変な人はいませんでしたか?」
剣士(...さすが中古、刃が曇ってやがる)シャリン
店主「変な人なぁ。あ、見るからに初心者みたいなのはいたぜ」
僧侶「初心者ですか」
剣士「おっさん詳しく」
店主「長い布で顔を巻いていたから顔は分からん。体つきはがっしりしてたな」
剣士「なるほど」
剣士(確かにあの傷は力任せに斬りつけたものだった)
剣士「がっしりか...そんなやつどこにでもいるからな...」
店主「全体的に鍛えた感じだったぞ」
剣士「そうか...むむぅ」
僧侶(...一人該当する人が...いえ、そんなわけありませんよね)
剣士「ありがとなおっさん。行こう僧侶」
僧侶「はい」
店主「くそっくそっイチャイチャしてんじゃねーよ」
剣士「あとその宝石ついた鞘のやつ、下手すんと王族のだぞ」
店主「なんだって!?」
――第一発見者の家
魔法使い「殺された理由は口封じだな...どうみたって」
青年「だな」
おばさん「あの...なにがあったのかしら?」コソッ
魔法使い「入らないでください。憲兵に来てもらわないと」
おばさん「え?きゃ、きゃあああああああ!!」
魔法使い「落ち着いてください!」
おばさん「」バタ
青年「なんで入るなと言われているのに入るのか」ガシ
魔法使い「そういうもんなんだよ!奥さん!奥さん!?」ユサユサ
......
魔法使い「はぁ...説明があんなに大変なものだったとは」
青年「血が固まっていて良かったな。危うく犯人扱いだ」
魔法使い「まったくだ...」
青年「進展はしたな。犯人は何か見られてはいけないものを見た」
魔法使い「そうだな。だからって、殺さなくてもいいものを」
青年「死人に口無しって言うじゃないか。運が悪かった、そんだけだろ」
魔法使い「......あなたは他人事のように話すな」
青年「他人事どころか種族事だし」
魔法使い「...私ももっと彼らの周辺を警戒しておけば良かった」
青年「肉の調理法は前もって言えってやつだな」
魔法使い「は?」
青年「焼くか煮た肉はどんなに嘆いても生肉には戻らないっていう言葉だが?」
魔法使い「覆水盆に返らずとかそういうやつか...」
青年「ふん。そっちとこっちでは違うのか」
魔法使い「全然違う。いや、今はそんな話をしているわけではなくてだな」
魔法使い「......」
魔法使い「あれ?魔王?」キョロキョロ
僧侶「魔法使いさーん!」
剣士「遅かったじゃないか」
魔法使い(隠れたのか...空気は読めるんだな)
剣士「どうだった?」
魔法使い「それが......」
――説明中――
僧侶「なんてことでしょう...」フラ
魔法使い「僧侶!」
僧侶「冥福のお祈りばかりが増えていきます...」
剣士「......。慌ててんのかな?」
魔法使い「ん?」
剣士「慌ててんのかな、犯人は。バレてしまいそうで」
魔法使い「じゃないのか?」
剣士「早く止めないと、こりゃ――被害が大きくなるぞ」
魔法使い「......そうだな」
僧侶「とにかく、宿に戻りましょう!わたしたちは離れないほうがいいですね」
剣士「その通りだな。離れていると――」
僧侶「特に魔法使いさん」
魔法使い「え、私?」
剣士「」シュン
僧侶「もしかしたらなんらかの手がかりを掴んでしまったかもしれません」
僧侶「狙われるとするなら、魔法使いさんでしょう」
魔法使い「んー...狙われる実感はないが...警戒はしておこう」
僧侶「施錠もお願いしますよ!魔法使いさんが傷ついたら悲しいので!」ズイ
魔法使い「あ、はい...」
剣士「」ショボン
――宿
魔法使い「戦士はちゃんといるといいんだが」
剣士「こういうときはちゃんとした男だよ」
戦士「俺がなんだって?」ノソリ
魔法使い「いた」
剣士「いた」
僧侶「?」
僧侶(どうして戦士さんの靴が土まみれなんだろう...)
魔法使い「どうした僧侶?」
僧侶「いえ...戦士さん、今日はどこかいきましたか?」
戦士「いや?ずっとここにいたが」
僧侶「そうですか...なんか靴が汚れている気がして...」
戦士「ああ、手入れ怠っちまったからな」
剣士「ちゃんとそういうのはやっておけよ」
戦士「それどころじゃなかったんだよ」
魔法使い「まあまあ、ここは争うところじゃないぞ」
魔法使い「女将さん、何か飲み物をくださいませんか」
女将「ええ。今持ってきますわね」
剣士「女将さん、こんな図体のでかいやつが一日中いて嫌だったでしょう」
戦士「おい」
女将「いえいえ。トラブルも起こさないでくれますし...」カチャカチャ
剣士「偉かったな」
戦士「おい」
女将「あ、昼時は定食屋として開放していて、戦士さんのことまで頭がまわりませんでしたわ。ごめんなさい」
戦士「いやぁ...逆に気にされると困るっていうか...」ポリポリ
女将「どうぞ」カチャカチャ
魔法使い「ありがとうございます。一応戦士にも照れってあるんだな」
戦士「うん、今の言葉ちょっと傷ついたぞ」
剣士「だったら盗賊のほうがもっと――」
僧侶「......」
魔法使い「......」
戦士「あー......」
剣士「...今日失言多いな、俺...」
魔法使い「早めに見つけ出さないと。あの二人の、いや四人のためにも」
戦士「四人?」
魔法使い「そうか、戦士は聞いてなかったか...」
魔法使い「第一発見者とその伴侶が殺されていた」
剣士(あっさりだな)
僧侶(わたしたちの時よりあっさりですね)
剣士(ちょっとめんどくさくなってしまったんだろうな)
戦士「...酷いな」
魔法使い「ああ。応対したと見られる夫人はとくに酷かった」
戦士「人間とは思えねぇな」
剣士「でも待てよ...そんな細かい芸当ができたってことは、魔物じゃない?」
魔法使い「うん?話してくれないか」
剣士「家ん中まで夫人は犯人をいれたんだろ?魔物ならいれないだろ」
魔法使い「見た目がグロテスクなのもいるからな」
剣士「しかも人間らしい知恵と伝達方法があったってことだ」
剣士「と、なると...俺の魔物説も疑い直さないとな」
魔法使い(まだ考えてたのかそれ)
戦士「傷跡が剣か、魔物の爪ないし歯かは分かってるのか?」
魔法使い「それは分かっている。剣だ」
戦士「剣ねぇ......」チラ
剣士「...お前まで俺を疑うのかよ」
戦士「別にそんなわけじゃねえよ」
戦士「でもまあ、お子ちゃま勇者がいなくなって清々はしてんだろ?」
剣士「...あのな、戦士。お前やっぱり疑ってんじゃねえか」
戦士「そもそもな、普通は報酬じゃなくて国のために戦うもんだろ」
剣士「そこまで引っ張り出すか。じゃあどんな動機なら良かったんだよ」
戦士「国民のために、国王様のために、お妃様のために、お姫様のために、だろ」
剣士「今まで王家とかにまったく興味なかったくせにな...」
戦士「悪いかよ突然興味もっちゃ」
僧侶「あ、あ、あの」
魔法使い「......」タンッ
バッシャアアア
剣士「つめたぁ!?」
戦士「冷水!?」
魔法使い「今、仲間割れしてどうする。頭を冷やせ」
剣士「体まで冷えてしまったんスけど...」
魔法使い「......」クルリ トンッ
ボォッ!
剣士「あっつぅ!?」
戦士「乾かし方が強引だろ!!」
魔法使い「落ち着いたか?まったく...」
魔法使い「仲間割れが犯人の狙いだったらどうするんだ?」
剣士「...ごめん」
戦士「...すまん」
僧侶「仲直りして良かったです...」
魔法使い「そうだ。憲兵はまだか?」
剣士「もう少ししたら来るんじゃね?」
戦士「ならもう安心だな」
魔法使い「問題は犯人をしぼれるかなんだけどな」
魔法使い(ぶっちゃけしぼりこめてはいるんだが)
剣士「念のため、ちょっと部屋行ってくる。何かなくなってたら嫌だし」
魔法使い「そうだな。刃物類は特に慎重にな」
剣士「うい」トントントン
戦士「ふわぁ」
魔法使い「なんだかんだで夕暮れ時か...一日が早かったな」
僧侶「太陽が沈むのも早くなってきていますしね」
ドッターン ギャア!
魔法使い「...あの馬鹿、なんかひっくり返したな」
戦士「ちょっと見ていくか」
魔法使い「私が行く。またケンカなんかされたらたまらない」
戦士「へいへい、悪かったですねー」
魔法使い「一体なにをしたのやら...」トントントン
戦士「......」
僧侶「あの、戦士さん」
戦士「なんだ?」
僧侶「さっきから気になっていたんですが...ポケットから見えてるその鎖、なんですか?」
僧侶「なんだか、ネックレスのチェーンみたいな感じがするんですが」
戦士「...あぁ、これか」
僧侶「それに、今日どこかに行きましたよね?土がまだ新しいから...」
戦士「......――む!?」
僧侶「どうしたんですか!?」
戦士「魔物の気配だ!近いぞ!」ガタッ
僧侶「えっ!?」
戦士「悪い、サポートしてくれ僧侶!」ダッ
僧侶「え......あ、ええと...待ってください!」ダッ
トントントン
剣士「ほんと助かった」
魔法使い「剣士がランプをひっくり返し...あれ?いない」
女将「あ、なんかさっき魔物だぁとか言って出ていっちゃいましたよ?」
剣士「魔物?」
魔法使い「...戦士と、僧侶が?」
女将「その時はこっちいなかったから分かりませんが、多分二人だけで」
女将「お客さんもいないし、どっちに行ったかは分からないですね...」
魔法使い「......剣士、かなり不味いぞ」
剣士「不味いって、なにが?」
魔法使い「戦士が魔物を察知して出ていった、そうなんですよね?」
女将「はい...」
女将「魔物の気配がどうたらこうたらって」
魔法使い「...くそっ!剣士、急いで出る準備をしろ!」
剣士「な、なんだよ?」
魔法使い「気づけ!何ヶ月このパーティーで行動してきたんだ!」
剣士「う、うん」
魔法使い「魔物の気配を察知できるのは私と勇者と、微弱なら僧侶だけ!」
剣士「そ、そういえばそうだよな...。俺も戦士も魔物の気配を掴めな...なに!?」
魔法使い「そうだ!戦士は分類からすれば一般人、魔物の気配なぞ遠くから分からない!」
剣士「じゃ、じゃあなんだ!?戦士は......」
魔法使い「何故虚偽の事を言ってここから飛び出した?何故僧侶を連れていった?」
剣士「...まさか、僧侶はなにかマズいことを言ったのか」
魔法使い「恐らくな!手分けして探すぞ」
魔法使い「――下手すると、僧侶が危ない!」
――街
剣士「魔法使い!」
魔法使い「なんだ、いたか!」
剣士「お前が落ち着け!――居場所を割り出す魔法を」
魔法使い「...そうか。でも、私は」
剣士「僧侶が使ってたカップを借りてきた。どうだ?」
魔法使い「...少し劣るが、やってみよう」コト
コツッ
魔法使い「......」
剣士「......」
魔法使い「...森だ」
剣士「森?確か遠いよな」
魔法使い「走るしかないだろう」ダダッ
剣士「転移魔法使えないのか!?」ダダッ
魔法使い「一切使えない!」
剣士「うおおおお!僧侶ぉ!!」ダダダ
――森の近く
剣士「...民家がないと、さすがに静かだな」
魔法使い「ここらのはずだが...移動したか?」
剣士「そうか、こっちが移動している間にあっちも移動してるかもしれないんだよな」
魔法使い「まだ遠くは行っていないはずなんだ...」
魔法使い「苦手だけど生体探索を...ん?」
剣士「魔法使い?」
魔法使い「あれは......」
剣士「どうした?何かあったか」
魔法使い「あの白いの、なんだろう」スタスタ
剣士「棒みたいだな、形的に」
魔法使い「――......いや」
剣士「...おいおい、これってまさか」
魔法使い「まだ温い。血も、完全に固まっていない。それにこの指の形...」
魔法使い「僧侶の、片腕だ」
剣士「は......は...う、嘘だろ?」
魔法使い「嘘だと思うなら自分で見てみろ。...少なくとも、私にはそうみえる」
剣士「......」
剣士「............」
魔法使い(傷口から見るに引きちぎられたようだな...)
剣士「...そうりょ......」
魔法使い(他にむごいごとされてないといいんだが...)
剣士「なんなんだ?これって、戦士は...犯人なのか...?」
魔法使い「......ああ。私が考える上ではな」
剣士「頼む、説明してくれ。頭がこんがらがりそうだ」
剣士「分かった。だが、僧侶を探しながらだ」
魔法使い「まず、私はハナから魔物の仕業だとは考えてなかった」
魔法使い「勇者に近いものの犯行だと――最初から検討をつけていたんだ」
剣士「......」
魔法使い「ああ、分かってるさ。私は少しとはいえ仲間を疑っていた」
魔法使い「正直、どうやって戦士が勇者を呼び出したのかは知らない」
魔法使い「ただ、その時点で凶器は持っていたはずだ」
剣士「商人のおっさんが、初心者っぽい男が剣を買ったと言っていたな」
魔法使い「そうか。――泥酔した勇者を力ずくで斬り伏せるのは、力のあるものならできると思う」
剣士「そうだな。元々、怪我をさせやすいように――殺しやすいように作られたものだからな」
魔法使い「...私には第一発見者が何を見たのか分からない」
魔法使い「ただ、『先入観』はいいヒントではあった」
魔法使い「剣をつかうからって"剣士"とは限らない」
魔法使い「次に、盗賊」
魔法使い「あの前日、なにか話していたんだよ。盗賊と戦士が」
剣士「そうだったな」
魔法使い「おそらく盗賊は戦士の弱味かなにか握っていたんじゃないか?」
剣士「...だからあんなとこに呼び出して殺したと?」
魔法使い「そう考えるのが自然だ。あいつ、金儲けしか考えてなかったしな」
剣士「......。じゃあ金を盗んだのは?」
魔法使い「盗賊が生きていると思わせる小道具だよ」
魔法使い「だからって、今このタイミングで仲間の金をとって逃げるのは些か無理があるが」
剣士「そうだな。下手すると自分が疑われる――指名手配がかけられるだろうし」
魔法使い「それに。盗賊が金だけ律義に盗むわけないじゃないか」
剣士「......だよな」
魔法使い「第一発見者は、多分住所のメモを覚えていたんだ」
剣士「みんなに見せるようにしてしまったからな...」
魔法使い「私がうまくいかなかったことに安堵しただろう」
魔法使い(そしたら、私も犠牲者に名を連ねていたかもしれない)
魔法使い「ここまで仮説をべらべら喋ったが――訂正はあるか?戦士」
剣士「戦士?」
魔法使い「向こうの木の横だ」
剣士「...見えた」
戦士「こうなったら、全員殺るしかないな」
魔法使い「ふむ。では私の仮説はだいたい合っていたのか」
戦士「余裕そうだな」
戦士「そうだよ。勇者を殺したのも盗賊を殺したのも夫妻を殺したのも、俺だ」
剣士「僧侶は!?」
戦士「『まだ』死んじゃいねぇぜ?」
剣士「くそぉっ!」
魔法使い「やめろ。冷静を欠いた剣士が今突っ込んだら負ける」
剣士「っ」
戦士「ほんっとーにさぁ...勇者は、資格なんかないんだ」
戦士「何故あいつが選ばれた!?"勇者"に!何故俺じゃなかった!」
戦士「あんな女遊びをするやつが、姫様と結ばれる気でいたんだ!」
魔法使い「......」
戦士「姫様のもらいもんだよ...勇者から貰ったんだ」チャリ
魔法使い「奪ったんだろ」
戦士「これがふさわしいのは俺なんだ。俺だけなんだよ!」
戦士「なのに...あいつはせせら笑いやがった!負け組を見るようにな!」
戦士「――それで、思ったんだ」
戦士「"勇者"になれないなら手を汚してでも"勇者"になればいいと気づいたんだ」
戦士「殺して、しばらくしてネックレスをとりに行った」
戦士「そしたら通行人――第一発見者だな――に見られた」
戦士「どんな顔してたんだろうな。思いっきり睨んだら逃げちまったよ」
魔法使い(ご主人は戦争の記憶でも蘇ったのだろうか...勇者血まみれだったしな)
戦士「そしたらなんで気づいたか盗賊だ。俺の秘密を弱味にして交渉してきた」
戦士「むちゃくちゃな交渉だったよ。あれは、俺が路頭に困るぐらいの金額だ」
剣士「......」
戦士「だから、殺した。殺した方が手っ取り早いって知っているからな」
戦士「あとはお前の想像通りだよ、魔法使い」
魔法使い「...やれやれ」
魔法使い「『第一発見者がどんな凶器で殺されたか知らないのに剣ないし牙の傷だと推測した』」
魔法使い「それをたった今考えたが、無駄になってしまったようだな」
戦士「冥土の土産には十分か?」ザッザッ
魔法使い「僧侶は?」
戦士「あっちに転がっているよ。ピーピー煩かったからな」
剣士「このっ......!」
魔法使い「剣士。僧侶を安全なところへ連れていけ」ボソ
剣士「お前は?」ボソ
魔法使い「こいつを引き留める」ボソ
剣士「ば......!なら、俺も!」
魔法使い「重症の僧侶を放置するならいいぞ」ボソ
剣士「......っ」
魔法使い「行け。――足手まといだ」ボソ
剣士「わぁったよ!」
魔法使い「こちらから行くぞ、戦士」コツン
ゴォォォ
戦士「ぐぅっ!?」
剣士「」ダダッ
戦士「しまっ――」
魔法使い「ほらほら、戦う相手が違うんじゃないか?」
戦士「ちぃっ...」
剣士「僧侶!」
僧侶「...」グッタリ
剣士「止血を...」ギュ
剣士「任せたぞ、魔法使い...!」
魔法使い(行ったか)
戦士「隠せると思ったんだけどなぁ」スラリ
魔法使い「...剣、か」
戦士「一度は埋めたんだよ。だけど僧侶が気づいちまって」
魔法使い「......あのさ。思ったこと言っていいか」
戦士「あ?」
魔法使い「くだらない」
戦士「――なんだと?」
魔法使い「くだらないと言ったんだ」
魔法使い「一人殺して、ズルズルと何人も殺害して」
魔法使い「その動機が姫様への淡い恋心なんだからな。彼女もかわいそうだ」
戦士「――お前に何が分かるってんだよ!」
戦士「俺は姫様のためにこの仲間<パーティー>に入った!」
戦士「全ては姫様のためだ!それの何が――」
魔法使い「なにもかも他人に投げつけるな!あたかも姫様のせいみたいじゃないか!」
魔法使い「仲間は、どうだって良かったのか!?」
戦士「うるさいんだよ!!――死ね!」ザッ
魔法使い「土の壁!」ヒュッ
戦士「効くかぁ!」ボガッ
魔法使い「憲兵に大人しく自首しろ。逃げ切れると思うな!」
戦士「やってみないと分からないだろうが!」
魔法使い(こうなったら――)ガンッ
戦士「!?」
魔法使い(石を当てて何ヵ所か死なない程度に損傷させるか――)
ガラガラガラ
戦士「うわぁ!」
魔法使い「悪いな、死にはしないが――」
『初めまして。オレは勇者』
『えっと、わたしは僧侶です!』
『盗賊です?』
『剣士。よろしくな』
『あー、俺は戦士だ。まあよろしく』
『私は魔法使い』
『これからオレらは魔王倒すまで一緒だからな!頼むぜ!』
魔法使い(...仲間を傷つけていいものか?)
魔法使い(仲間を殺した男とはいえ、私がこの男を傷つける理由に――)
戦士「はぁっ!」ドガ
魔法使い「ぐぅっ」ズサァ
戦士「いってぇな...よくもやってくれたな」ヒュンヒュン
魔法使い(ちっ...少し、迷った)
戦士「これがなければ魔法使いクンはただの人間だぁな?」バキッ
魔法使い「あ、杖」
戦士「......なんだよ商売道具折られたのにその反応。使えなくなったんだぞ?」
魔法使い「...まあ、そうだな」
戦士「余裕そうだな」ザクッ
魔法使い「ガッ......!?」
戦士「ほらほらどうした?まだ刺されただけじゃねえか」グサ
魔法使い(駄目だ...駄目なんだよ)
魔法使い(私がこれから先人間として生きるためには、使っちゃだめなんだ)
戦士「ん?なんだこれ...サラシ?」
魔法使い「あ...」
戦士「...お前、まさか、女だったのか?」
魔法使い「......」
戦士「なるほどな...同室に頑なだったのも男装がバレるからか」
魔法使い「......」
戦士「まさか本当にいるとは思わなかったが」
戦士「勇者に同行してなにをするつもりだったんだよ?――"魔女"」
魔法使い「......」
戦士「さっきの威勢のよさはどうした?」
魔法使い(出血多量で死にそうなだけだよ)
戦士「そうか...全部"魔女"のせいにすれば事は済むのかな」
戦士「そんなら、証拠の首を貰うぜ。混血児」グッ
魔法使い「!」
魔法使い(私――死ぬ――殺される――殺される?)ドクンッ
魔法使い(な、力の、制御が、できない)
魔法使い(...――満月が近い?――強い力に共鳴?――魔王?――)
戦士「?なんだよ、静かになって...」
魔法使い「う」
魔法使い「ぅぅぅぅあああああああああ!!」バサァッ
青年「おいおいおい。ちょっと離れていたらずいぶんと進展してるじゃねーか」
青年「仲間外れはよくないぜ。元から仲間じゃないけど」
鷹「......」
青年「側近、見とけよ。お前ら一族の苦しみの種は除かれたぜ」
鷹「そのようですね」
青年「さて、どうする?助けにいくか?」
鷹「...しばらく様子見で」
青年「ふん。そうしよう」
―――
――
―
ぼたぼたと戦士に斬られ刺された箇所から血が溢れ出てくる。
だが、魔法使いは傷口に片手を添えるだけですぐさま止血には動かない。
魔法使いにとって、それを気にかけている場合ではないのだ。
魔法使い「いたい......」
刺されたときだって痛かったが、この背を焼くような痛みはもっと酷かった。
それは瞬間的なものではあったが、まだつづいているようにすら思えた。
彼女はよろりと立ち上がる。
戦士「つ、翼が......」
戦士の言う通り、魔法使いの背中から一対の大きな翼が生えていた。
翼といえども幼児が思い描く、天使の背についているような白い翼ではない。
濃い茶色をした、シャープな形をした翼。
先端は他より長い羽により切れ込みがあるように見える。
戦士「な、なんだよ...どうなってんだよ...」
魔法使い「私も、聞きたい、ぐらいだ」
息も絶え絶えにあげる。容姿にもいくらか変化があった。
きついつり目となり、白眼の部分がうっすらと黄色に染まっている。
手首や足首、首もとには白い羽が薄く生えている。
魔法使い「怖いよ...この姿になったら、私は......」
戦士「ち、近寄るな化物...」
ふらふらと助けを求めるように魔法使いは戦士のほうに歩いていく。
彼女の変化に腰が抜けた彼は、座ったままなんとか後退を試みた。
魔法使い「また...人を攻撃してしまうんだ...それが、怖いんだよ」
戦士「...くっそぉ!」
気力を振り絞り立ち上がった戦士は、力加減を忘れて思いっきり魔法使いの顔を殴った。
いや、殴ろうとした。
魔法使いが、あっさりと片手で受け止めた。
戦士「え、え、ええ...?」
魔法使い「化物になってしまったんだ...私は」
戦士「筋力まで増加するのか...!」
魔法使い「違う。魔法を使っただけだ」
その回答に戦士が目を見開く。
戦士「嘘だ...だってお前、杖がないと魔法が...」
魔法使い「私は"魔法使い"じゃないんだよ。杖がなくても、使える」
魔法使い「戦士が言った通り――私は混血児、だ」
近くにあった木に拳を叩きつける。
一瞬木の幹に魔法陣が浮かんだ後、大きな音を立ててへし折れた。
魔法使い「どっかいってくれ。私たちの前から、消えてくれ」
戦士が後退りしたが、すぐに木にぶつかって止まった。
戦士「う、うわ、わぁ......!」
喘ぎながら、戦士は目の前の少女から目が話せなかった。
魔法使い「じゃないと、私は思わず殺してしまう」
魔法使い「戦士は許されないことをしたし、許す、つもりはないけど――でも、仲間だったから」
ガタガタと震える男のすぐ前で立ち止まった。
いつの間にか魔法使いの血は止まっていた。
魔法使い「だめだな、この姿になると―――」
戦士の頭のすぐ上の木に手を当てた。
それだけで、さっきとおなじように木が倒れる。
魔法使い「―――人間が、殺したくなる、よ」
戦士「.........ひぃぃ!!」
悲鳴をひとつのこすと、股間から生暖かい液体を漏らし戦士は気絶した。
魔法使い「......」
倒れた戦士をしばらく無表情で見つめる。
脇腹に意識を向け、傷の程度を確認した。
血は止まっているとはいえ、重症。
内臓も傷ついただろうし、もしかしたら致命傷かもしれない。
医学にはあまり明るくないので推測するしかなかったが。
魔法使い「...本当に僧侶の治癒魔法を真似できたらなぁ...」
小さく呟いた時。
気が緩んでしまった時。
興奮状態がおさまり、受けた傷の痛みが強くなってきた、その時。
最悪のタイミングで、黒い影が襲いかかってきた。
魔物A「ウガアァァァァ!!」
魔法使い「!?...こんな時に!」
空を切るように手を振る。
宙に魔法陣が現れ、それと同時に魔物が横に切れた。
ぶしゃっと血が飛び散る。
それで終わりではなかった。
後ろから二匹目の魔物が飛び出てくる。
魔法使い「......っ!」
痛みと疲労により足が縺れ、尻餅をついた。
猪のような形をしたそれは、魔法使いに一直線に突進してくる。
頭が真っ白になり、身体が動かない。
魔法使い(ここで――終わりか?)
突然目の前が暗くなった。
魔法使い「...?」
痛みは襲ってこない。
撥ね飛ばされた気もしない。
目はしっかりと開いているはずなのだが。
まるで何かが覆い被さっているような。
それは羽毛、のようだった。
魔法使い「あなた、は...」
見上げると、見慣れない誰かがいた。
人間の形をして、それでいて鳥の形をしているもの。
聞いたことがある。
いや、知っている。
鳥人族。
側近「――同類が危機ならば、助けなければならないからな」
最近聞いたことのある声で、彼は言った。
わずかに考えて、それがあの鷹だということに気づいた。
魔法使い「でも、私は――」
側近「混血だな。人間と魔物の」
魔法使い「半端者を――あなたは、今、守っているんですよ」
混血は異種間で産まれた汚れた存在だ。
人間にも魔物にも、忌まわしい存在として嫌われ、最悪殺される。
この状況は、どう考えても魔物から自分を守っている。
なぜなのか。
側近「駄目か」
魔法使い「そういう、わけじゃないです、が...私みたいな存在は、迫害されてて...」
側近「誰もみていない」
魔法使い「...魔王は?」
側近「そちらで馬鹿どもを粛正している」
魔法使い「......」
そっと地面に寝かせられ、魔法使いには空しか見えなくなった。
不完全な丸い月。
魔法使い(満月に魔力は強まるんだったか)
なら、何故自分は今日いきなり魔力が強くなったのか。
いくつもの満月を越えたが、こんなことは前に一度きりだけだ。
痛みが強くなり、目がまわる。
視界に、角の生えた美しい男が入り込む。
魔王「よう、一日ぶり」
魔法使い「...大変な時にいないな、あなたは」
魔王「タイミング悪いよな。仕事を片付けててな」
魔法使い「私が、混血だと気づいていたか?」
魔王「ふん、最初から薄々な。杖から魔力は感じられなかったから怪しんではいた」
魔法使い「...そうだったな」
魔王「で、普通は魔力を持ち得ない女だった。側近の話と統合すると、なんかの魔物と人間の愛の結晶だなと」
魔法使い「そうか...それで、魔王。私はどうなる?」
金色の目がきょとんとした。
魔王「どうなるとは?」
魔法使い「魔物と人間が、結ばれることは、禁忌だ。その子供も、然り」
痛みに顔を歪ませながら続ける。
魔法使い「王にとって、私の存在は――許せるのか?」
魔王「ふむ。なら言わせてもらおう」
魔王は手の甲を自らの爪で傷つけ、垂れてきた血を魔法使いの傷に注ぐ。
急速に傷が癒えていく。
魔王「歯向かう奴には容赦はしないし、助けを乞うものには手をさしのべる」
魔王「その逆もあるし、例外もある。気分にもよるし、厳格に行うときもある」
魔王「つまり、おれがルールだ」
魔法使い「......流石、魔王だな」
そして魔法使いの意識は途切れた。
魔王「...なるほど。そういうのを忌む奴もいたな」
側近「はい。そこの連中もそうでしょう」
翼で倒された魔物達を指す。
側近「一昨日あたりの生き残りですかね」
魔王「何故ここまではるばるときたのか不思議だな」
側近「そこの放出されるわずかな魔力を辿って来たのでしょう」
側近「混血の内臓は強い魔力を与えてくれるとも言いますし」
魔王「ほう。まだおれへ対抗する気だったか」
側近「...一時は大量生産や乱獲もあったそうですよ。美容にいいとか、なんとか」
魔王「ふん、くだらん。実際に効果は?」
側近「あるかどうかも不明です」
側近「それでも今だに裏取引をされているともっぱらの噂ですね」
魔王「なら、こいつはよほど運がいいやつなんだろうな」
側近「でしょうね。かなり恵まれているほうでしょう」
魔王「はん――とりあえず誰かに見つかる前に人間の姿にしといてやらないとな」
ごそごそやりはじめた魔王に側近が後ろから疑問を投げ掛ける。
側近「あの、魔王さま――その小娘のこと、気に入ったのですか?」
魔王「さぁな。――なんだろうな、放っておけないというのか」
側近「......」
魔王「この娘はなかなか面白いことをするから目が離せないというのか」
側近「......」
魔王「そっちの男に丁度刺されているところを見たとき、どうしてか不快だったが――」
側近「......」
魔王「おそらく気に入ったのだろうな。面白いから」
側近「......そうですか」
色々考えたあと、そうだこの人恋愛経験皆無なんだ、と側近はようやく気がついた。
側近「しかし」
魔王「ん?」
側近「今日は満月ではありません。ならなぜ、小娘の魔力があそこまで暴発したのか...」
力の扱いになれていないものが力を暴走させることは珍しくない。
魔法使いの場合、出来るだけ魔力を抑えていたから尚更だ。
魔王「...完全な魔物じゃないって意味なんじゃないか?」
魔王「新月でも三日月でも満月でもない、半端な月」
魔王「混血を表す――最高の皮肉だとおれは思っていたがな」
側近「......そうですね」
魔王「ま、そんな話は後だ。こいつらをどうするかが問題なわけだが」
側近「このまま放置してもよろしいのでは?小娘もいずれ目覚めるでしょう」
魔王「だとすると、そっちの戦士とやらが先に起きる可能性があるぞ」
魔王「今度こそ殺されかねん」
側近「なら殺してしまえばいいではないですか」
魔王「...同類傷つけた相手にはとことん厳しいよな、お前ら一族」
側近「どこも同じだと思いますが」
魔王「そんなもんか。――手っ取り早いのが誰かをここに連れてくることだが」
側近「事件のせいで外を歩く人間はほとんどいないでしょうね」
魔王「それなんだよな」
側近「困りました」
魔王「困ったな」
側近「やっぱりそこの男を」
魔王「そうなると魔法使いに容疑がかかりそうだけどな」
側近「ううむ...。下手なことして小娘に恨みを買われるのも厄介ですね」
魔王「困ったな」
側近「困りましたね」
オーイ
魔王「おや。どうやら、ここで悩んでいた甲斐はあったみたいだな」
側近「あれは?」
魔王「憲兵隊みたいだな。ふん、ようやくご到着か」
側近「めんどくさくなる前に、退散しますか」
魔王「そうだな。行くぞ」シュンッ
―――
――
―
魔法使い「......っ!!」ガバ
僧侶「きゃっ」
魔法使い「ゆ、夢か......」
僧侶「夢、ですか?」
魔法使い「ああ...勇者と盗賊が死んで、戦士が犯人で、僧侶の腕が大変なことになった夢を...」
僧侶「あの、それ...現実です」
魔法使い「......」
僧侶「現実です」
魔法使い「......現実か」
僧侶「残念ながら...」
魔法使い「そうだ僧侶、腕は!腕はどうなったんだ!?」
僧侶「あぁ...この通り、欠けてしまいました」
魔法使い「そんな」
僧侶「離れたものは流石に、生やしようがありません...」
僧侶「でも、今までどおり治癒魔法は使えますよ。...あと、利き手じゃなくて、良かったです」
魔法使い「そういう問題じゃない!...私がもっと早く行けば...」
僧侶「やめて下さい。魔法使いさんが、取り乱してまでわたしを探したと聞いています」
僧侶「――わたしは、それで十分なんです。それにこうやって生きているんですから、ね」
魔法使い「......」
僧侶「魔法使いさんこそ大丈夫なのですか?丸三日は眠っていましたよ」
魔法使い「え」
僧侶「怪我はないとはいえ、おびただしい血が魔法使いさんのローブや周りの地面を濡らしていたみたいです」
魔法使い「......」
僧侶「私が見た限り、うっすらと傷が塞がった後がありましたが...」
僧侶「誰かに治療をしてもらったのですか?お礼を言いにいかないと...」
魔法使い「......。さあ、どうだろう。記憶がなくて」
僧侶「記憶喪失ですか!?」ガタ
魔法使い「剣士と離れたあたりから全くな...」
魔法使い(言えないことが多すぎる)
魔法使い「僧侶こそ、出血が酷かったんじゃ?」
僧侶「剣士さんがお医者さんに連れていってくれて、輸血をしてもらいましたので」
僧侶「かろうじてあった意識の中、止血をしていたのが良かったみたいです」
魔法使い「なるほどな...」
魔法使い「......」
魔法使い「あれ?私、裸......?」
僧侶「あ、すみません!背中の...魔法陣には触りませんでしたから」
僧侶「確かあれに触れると魔法を全て使えなくなるって聞きましたので...」
魔法使い(ごめんそれ大嘘)
魔法使い「ん?」ペタペタ
僧侶「どうしました?」
魔法使い(身体が男になっている...)
魔法使い「」ペタペタ
魔法使い(下半身は変わっていない...上半身だけ?)
僧侶「魔法使いさん?」
魔法使い「あ、いや、なんでもない」
僧侶「ともかく、わたしが助かったのは魔法使いさんと剣士さんのおかげです」
僧侶「ありがとうございました」ペコ
魔法使い「そんな畏まって言わないでもいいのに」
ガチャ
剣士「いいじゃねえか。あと、好意は受け取っておけよ」
魔法使い「...すごい自然に入ってきたな」
魔法使い(まてよ......戦士が私のことについて何か言ってるんじゃ...)
剣士「それで、魔法使い」
魔法使い「な、なんだ?」
剣士「そんな身構えるなよ。なにか聞きたいことは?」
魔法使い「......やっぱり、戦士のことだな」
僧侶「......」
魔法使い「あ、悪い――僧侶にとっては、気分の良くない話題か」
僧侶「いいえ。罪を憎んで人を憎まず、そう教わっていますから」
魔法使い「強いな」
僧侶「魔法使いさんほどではないですよ」
剣士「話していいか?――下手すると、僧侶より酷いことになっちまった」
魔法使い「酷いこと?」
剣士「気が...狂っちまったんだよ。話しすら通らない」
魔法使い「は?」
剣士「戦で生きる人間がああなるんだ。恐ろしいモノをみたんじゃないかって話だ」
剣士「憲兵隊によるとあたりの木がなぎ倒されたりしていたらしいからな」
魔法使い「......」
剣士「何があったんだ?」
魔法使い「さあ...私は、なにも覚えていなくてな」
僧侶「記憶が抜けているみたいなんです」
剣士「本当か!?僧侶、記憶を呼び起こすことは?」
僧侶「いいえ...まだそのような技術は出来ていないんです」
剣士「そうか......どんなヤツだったんだろうな、そいつ」
魔法使い「......」
剣士「そばに魔物も死んでいたんだと。どうやら一撃らしい」
魔法使い「へぇ...」
僧侶「良かったですね、手を出されなくて...」
魔法使い「全くだ...その誰かさんが傷の手当してくれたのかな」
剣士「え、じゃあなんだ?こっちの味方か?――でも戦士があれだし...」
魔法使い「どうだろうな―――きっと気まぐれなやつなんだよ」
魔法使い「それで、戦士は?」
剣士「先に城へ送還されたよ。――勇者たちもいっしょにな」
僧侶「......」
魔法使い「そうか...終わったんだな」
剣士「ああ」
魔法使い(あの老夫婦のことは...また後で行こう)
剣士「俺らも帰れとさ。こんなんじゃ――魔王以前の問題だ」
魔法使い「だな」
僧侶「みなさんは、また新しい"勇者"さまが現れたら...どうします?」
剣士「そうだなぁ...どうすっか」
僧侶「わたしはもう無理でしょうが...魔法使いさんは?」
魔法使い「私は...」
『お前の一家をバラされたくないなら、勇者と旅に出ろ』
魔法使い「そうだな――」
『そして、勇者のために戦い、勇者を守り、そして――』
魔法使い「私、あそこの大臣が苦手だからあんまり会いたくないんだよ...」
『国の為に死ね、混血児』
魔法使い「ちょっと、旅に出ようかな...修行もかねてさ」
魔法使い(あの大臣にあったらどんな無茶ぶりされるか)
剣士「"勇者"パーティーには付いていかないと?」
魔法使い「ああ」
剣士「そのほうがいいかもな...疑心暗鬼になっちまいそうだ」
僧侶「でも、一度国には戻りますよね?」
剣士「ああ。母ちゃんに会いたいしな」
魔法使い「私も...師匠に挨拶しないと」
剣士「じゃあ、一週間以内にはここを出るか。それでいいな?」
魔法使い「分かった」
僧侶「はい」
剣士「じゃ、魔法使いはちゃんと体力戻しておけよ」ガチャ
魔法使い「分かったよ」
剣士「腹減ったら下来い」バタム
魔法使い「持ってきてくれないんだ...」
僧侶「あはは...。でも意外ですね」
魔法使い「ん?」
僧侶「大臣さん、お嫌いですか。優しいと思うんですけど」
魔法使い「ちょっとな...色々あって」
魔法使い(私の正体を何故か知っているし)
魔法使い(それをネタに脅されて討伐にでる羽目になったからな...)
魔法使い(まあ、いいか。これから先あの人から逃げていれば)
僧侶「ふぅん...性格の会う会わないは色々ありますからね」
魔法使い「そうだな」
僧侶「じゃあ、わたしもちょっと横になりますね」
魔法使い「ああ、無理をさせてしまったか...。ありがとうな」ニコ
僧侶「い、いえ!平気ですよ!では!」ガチャバタム
魔法使い「......?」
青年「待ちくたびれたぞ」
魔法使い「だからいきなり現れるな。...ひとつふたつ聞きたいんだが」
青年「なんだ?」
魔法使い「なんで私は男性の身体になっている?」
青年「脱がされるのは分かっていたからな。ちょっと魔法をかけておいた」
魔法使い「あ、そうなんだ...てっきり悪ふざけだと」
鷹「魔王さまのお気遣いに感謝しろ小娘!」ザクッ
魔法使い「いっだぁ!?」
青年「明日には元に戻ってる。ま、胸のサイズに変わりはなさそうだがな」
魔法使い「ふざけんな、一応あるからな」
青年「しかし良かったな。戦士とやらがお前の存在を脅かさなくて」
魔法使い「良かったのか悪かったのか...」
青年「どうしていた?もし戦士が正気で、べらべらと話していたなら」
魔法使い「その時は――その時、だよ。そうなったら考える」
青年「ふん。そうだ、仲間に感謝を述べるのもいいがこいつにも礼を言っとけ」
鷹「えっ、ま、魔王さま」
魔法使い「?」
青年「夜毎にこっそり具合を見に来ていたんだ。今はそんな親切微塵も見せてないがな」
鷹「いやいやいや魔王さまそれはあの」
魔法使い「......」
鷹「恩人の娘ですし――」
魔法使い(恩人?)
鷹「あ、あと鷲一族の最後の生き残りですから」
魔法使い「――それでも、ありがとうございます」ペコ
鷹「う...」
青年「いやー側近が慌ててるなんてめったに見られないから楽しいな」ニヤニヤ
魔法使い「...悪趣味」
青年「よく言われる」
青年「さ、では行くか」
鷹「はっ」
魔法使い「......帰るのか」
青年「仕事もたまには見ないとな」
魔法使い「ふぅん」
青年「また会える日を願って」
魔法使い「もう会いたくないけどな、私は」
青年「ふん。そんなに期待するな」
魔法使い「どこをどう勘違いしたらそうなる」
青年「じゃあな、魔法使い」シュンッ
魔法使い「......」
魔法使い「......変な奴だな」
――数十日後、城
王「あの勇敢なるものが亡くなったのには、心を痛めておる」
王「しかし、おまえたちも様々な混乱にあっただろう」
王「今は身体を休め、心を休め――そして仲間の冥福を祈ってくれ」
王「"勇者"の剣は――再び握れるものが出るまで眠らせておこう」
王「......ご苦労であった」
――城の門前
剣士「さて、ここでお別れだな」
魔法使い「そうだな」
僧侶「...なんだか、寂しいですね...」
剣士「気が向いたら、僧侶のいる教会に寄るよ」
剣士「...勇者と盗賊の墓参りにもな」
魔法使い「私も」
僧侶「ありがとうございます。待っていますね」ニコリ
僧侶「でも剣士さん、そろそろお嫁さんを見つけなければいけませんよ?」
剣士「...............ハイ」
魔法使い(うわあ、今のはキツい)
剣士「じゃあ、な。元気で」
魔法使い「そっちこそ」
僧侶「またお会いできますよね?」
剣士「もちろん!」ヒラヒラ
魔法使い「......」
僧侶「......」
魔法使い「僧侶は、こっちだよな?私もなんだ」
僧侶「そうなんですか?では、しばらくご一緒に」
魔法使い「......」
魔法使い「なあ、僧侶」
僧侶「はい」
魔法使い「勇者は...魔物が嫌いだったじゃないか」
僧侶「そう、ですね」
魔法使い「そして混血も。いなくなればいいと、言った」
僧侶「ええ」
魔法使い「僧侶はどうなんだ?魔物を、混血を、憎むのか?」
僧侶「そうですね...。全ての生命は神様から与えられたものです」
僧侶「それをわたしたち教会の人間がどうして憎めましょう?」
僧侶「...だから最初はあまり魔王討伐に行きたくはなかったのですが」
魔法使い「そうなのか...」
僧侶「あ、もう近くですね。わたしの住むところまで」
魔法使い「じゃあここらでさよならか」
僧侶「あの」
魔法使い「ん?」
僧侶「いつか――魔法使いさんのこと、聞かせてくれませんか?」
魔法使い「......」
僧侶「わたしと同じ秘密が、あるように思えて」
魔法使い「意外だな。僧侶にも秘密があるのか」
僧侶「はい。――どうか、まあ会えたとき、話し合いましょう」
魔法使い「...私のことが嫌いになるかもしれないぞ?」
僧侶「いいえ、嫌いになりません。わたしは魔法使いさんが酷いひとだとは思いませんから」
魔法使い「......」
僧侶「どうか、あなたの旅に困難がありませんように...」
魔法使い「ありがとう。きみのこれからに、災難がないように」
僧侶「それでは」
魔法使い「ああ」
僧侶・魔法使い「また、次の時に」
――国外れの家
魔法使い「......」キョロキョロ
魔法使い「......」
魔法使い「師匠?」
師匠「後ろだ」フーッ
魔法使い「...なぜあなたはいつもいつもそんなことを」ビク
師匠「話は聞いた」
魔法使い「早いですね」
師匠「もっと誉めて」
魔法使い「......。...情けないです。仲間ひとり救えなかった」
師匠「迷うな。今のお前は、迷うと飲み込まれかねん」
魔法使い「力に、ですか」
師匠「そうだ。...封印が解けとるな。暴走したか」
魔法使い「...はい」
師匠「こんなところに引きこもっては駄目だな。旅に出ろ」
魔法使い「......」
師匠「力の使い方を学べ。そして――世界を見ろ」
魔法使い「世界を」
師匠「こちらのことは心配せずともよい」
魔法使い「また師匠が女をたらしこまないか不安なのですが」
師匠「......。え、えっと――ああ、両親の墓参りにも行ったほうがよいな」
魔法使い「......」
師匠「娘の姿を見たいだろうからな」
魔法使い「これといって成長はしていませんけどね...」
師匠「両親を失ってから30年あまり――人間なら50歳は越えているはずなのに」
師匠「お前は未だに、若々しい少女のままだな」
魔法使い「元々かなり成長は遅いですが。父の血が影響しているのでしょう」
師匠「それか、あの暴走以来魔物寄りになっているかもしれんな」
魔法使い「......」
師匠「ともあれ、よく帰ってきた。おかえり」ポンポン
魔法使い「ただいま帰りました」
師匠「まぁしばらくはゆっくりしていけ」
魔法使い「はい、師匠」
師匠「肉はあったかの...」ゴソゴソ
魔法使い「私が作りましょうか、ご飯」
師匠「いや、座っとれ。いいな?間違えて毒キノコ放り込むなよ?」
魔法使い「三回しか入れたことないじゃないですか、毒キノコは。誤って」
師匠「だからじゃ!」
......
師匠「」ザクザク
魔法使い「...師匠」
師匠「なんだ?」
魔法使い「私が魔王を倒さず帰ってきて、残念ですか?」
師匠「いんや。倒したとしてもお前が死んでいたら、残念だったが」
魔法使い「...そうですか」
師匠「魔王にも昔、少しだけ関わりがあったから正直心苦しかった」
魔法使い「魔王と...?」
師匠「ちょっとだけな。もう引退したから会うこともあるまい」
魔法使い「あの。師匠は人間と魔物、どちらの味方なんですか?」
師匠「ふむ...難しいな」ジャー
師匠「そうさなぁ、わしは愛するものの味方でいるよ」
魔法使い「......槍でもふるかな」
師匠「ひどっ!!」
――魔王城
サキュバス「どうも~しばらくお出かけしてたサキュバスちゃんで~す☆」
サキュバス「あれれっ?今日は少ないね~?」
魔王「......」
ゴブリン「帰れ」
人魚「帰んなさい」バシャ
魔大臣「グッバイ」
側近「失せろ」
サキュバス「ああ~ん、言葉攻めは苦手なのあたし~」
側近「なんのようだ」
サキュバス「魔王さまが帰ってきたから~、ちょっと見に来たの~」
人魚「」イライラ
ゴブリン「おい水かけるなやめろ」
サキュバス「なんか調子悪そうじゃ~ん☆どしたの?」スリスリ
人魚「」バッシャンバッシャン
ゴブリン「うわああああ濡れたああああ」
魔大臣「書類があああああ」
魔王「...なにか最近、調子おかしくてな」
側近「?」
人魚「病気ですか?」
魔王「ふむ。病気かもしれない」
魔王「とある人物を思うと、少しばかり体温があがり心拍数が増えなにやらいてもたってもいられなくなるんだ」
人魚「......えっと」
ゴブリン「......その」
魔大臣「......むむ」
側近「......あー」
サキュバス「ええ...病ね。かなり重症な」
全員「」コクコク
人魚「こほん...それで、会議の内容ですけど」
人魚「南の海で人間によるあたしたち"人魚"の乱獲が酷いようです」
ゴブリン「"人魚"たちをどうしているとかは?」
人魚「さあ...でも、なにかされてはいるかもしれないわ」
魔大臣「これは少々痛い目をみせないといけないか」
ゴブリン「兵を攻めこませるか?」
人魚「防護力の強い"人魚"を乱獲よ?――普通の人間じゃないわ」
魔大臣「ゴーレムはだめか...トロールは強いが遅いしな」
ゴブリン「あと、まずは何が起きてるか調べないといけないな...」
魔王「......おれがまた出かけたら怒るか?」
人魚「いえ?時折帰って来てくだされば」
魔王「じゃあ、そこに行ってくる。側近」
側近「はっ。――え?」
魔王「どんなやつがおれの国の民を捕まえて遊んでいるのか見てみたくてな」ツカツカ
魔大臣「そんな、魔王さま直々に」
魔王「手間が省けるだろ。用意してくる」ガチャ
全員「......」
サキュバス「もしかしてさ~...誰かに会いたいのかな?」
ゴブリン「...多分」
人魚「きぃっ!誰よ!」
魔大臣「でも最近生き生きとしてるからいいんじゃないか...?」
側近「どうだろうな...」
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??「"魔王"が倒されたらどうしようかとヒヤヒヤしていたが――よもや仲間割れとはな」
??「丁度いい。これでまた一歩、計画が前進する」
??「"勇者"の剣が手に入った」
??「魔力を増強させる薬は完成した」
??「そしてこの私の人を操る魔法――」
??「......あの混血がそばにいると色々厄介だが...対策をまた考えるか」
??「ふふ、まだだ。まだ計画は途中だ」
??「しかしなんだろう?この身体の震えは!ああ、楽しみすぎる!」
??「さあおいで、可愛い可愛い完成品――」
コツリ コツリ
僧侶「」ペコ
??「普通の少女が薬を飲み、魔法を使えるようになる」
??「新しい時代が来る!そして私はその先頭に立つのだ!」
??「これから忙しくなるぞ――手伝ってくれ、僧侶」
僧侶「はい」
僧侶「分かりました――大臣さん」
魔王「俺と手を組め」魔法使い「断る」
――了