勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その2】

人間と魔族の和平を目指す勇者と魔王。
第2話です。

聖剣と魔剣。
勇者と魔王。

対となる宿命が二人の前に立ちはだかる。

187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:19:24.72 ID:hr/uKPTi0

【Episode04】
――――青の国・王都・王宮

青の国は水の都として有名な国である。

国土には三本の大河が流れ、大小合わせて百を超える湖が点在している。
海に面し、多数の島を持つ国でもあるので内陸の国からは海水浴やバカンスを目的とした観光客も多い。

そんな青の国の王都は国で一番大きい湖のほぼ中心に位置する島の上にある。
もっとも、元々島だった部分は王都の半分以下であり大半は人工島となっているのだが。

王都のある島から南に位置する島には青の神樹が根を下ろし人々を温かく見守っている。
青の神樹の加護により清く澄みわたった湖の水は名水として名高い。




188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:20:44.33 ID:hr/uKPTi0

青の王「人間と魔族の和平を目指す......とな?」

勇者「はい。何百年にも及ぶ闘いの歴史に終止符を打つのが私の夢なのです」

王宮の中庭、美しい噴水で『水の芸術』と評判高いその庭園で勇者は青の国の王に謁見していた。

本来ならば謁見は王の間で行われるものだが、通常の謁見の後に勇者が青の王に頼み二人だけで会う機会を設けてもらったのだ。

青の王「しかし魔族は我々人間にとって最大の敵......そう簡単に和平が実現できるとは思えん......」

青の王「それは魔族にとっても同じことだ。聖十字連合の各国が和平の申し入れをしたところで魔王が果たしてそれを受け入れるか......」

勇者「それについては私に策があります。まだ内容についてはお話しできませんが......必ずや魔王も和平を承諾するでしょう」

青の王「............」

突然の勇者からの提言により困惑と当惑に曇った青の王の顔を勇者はただ真っ直ぐに、決意に満ちた眼で見つめた。

しかし内心、こう思っていた。




189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:21:41.66 ID:hr/uKPTi0

勇者(またか............)

100代目勇者一行が白の国を旅立ってから三ヵ月が経っていた。
訪れた国は赤の国、黄の国、橙の国、藍の国......そして青の国の計五つだ。

各国での王との謁見の場で勇者は魔族との和平を王達に進言した。
白の国の王を含めれば六人の国の代表者へ停戦を目指す意思を伝えたことになる。

旅立った当初、勇者は魔族側との停戦に異を唱えるのは赤の国の王だけだろうと思っていた。

赤の国は強力な軍隊を持ち、魔族との戦争により軍事方面で多大な利益を上げている国だからである。
血気盛んな赤の王の下、聖十字連合の中で最も軍事面に力を入れている。

とは言え他の国々の王達が皆停戦に賛成すればいかに赤の王と言えども和平を承諾せざるを得ない。

勇者はそう考えていた。




190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:22:56.51 ID:hr/uKPTi0

しかし............王達の反応は思わしくなかった。

赤の国の王が和平に反対なのは予想通りではあったが、他の国の王達は皆『保留』という答えだった。

昔から勇者のことを良く知る白の国の王も『個人的には応援している』、平和主義で温厚な藍の国の王でさえ『今はまだ答えを出せない』というものであった。

そして各国の王は必ず最後に勇者を見てこう言う。

青の王「勇者よ......見たところお主はまだ聖剣と契約を交わしてはおらぬな?」

青の王の視線の先には勇者の腰に差された剣があった。
その剣も名剣であることに変わりはないのだが、真の勇者のみが持つことを許された聖剣でないことは一目瞭然である。

勇者「はい。聖剣の今の持ち主は私の父、99代目の勇者です故......」

勇者は何度も聞いた質問に対し心の中で舌打ちをしながら今までと同じ様に答えた。

青の王「そうか............お主が聖剣との契約を交わし真の勇者となった時、また改めて話を聞かせてくれないだろうか?」

青の王「如何せん急に魔族との和平と言われて私も驚いてしまってな。私達人間の未来に繋がる大事な話だからこそ、その場で二つ返事をすることはできぬ」

青の王「一国の主として私もこの件についてはゆっくりと考えたいのだ」

勇者「ハッ............」

青の王「前向きに検討する故、お主は引き続き各国を巡る旅を続けるが良い」




191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:24:14.49 ID:hr/uKPTi0

――――――――王宮・テラス

勇者「............クソッ!!」

ガンッ!!

武闘家「その様子からしてまたあんまり良い返事は貰えなかったみたいですね」

青の王との謁見を終えた勇者は王宮のテラスで仲間達と落ち合った。

勇者が苛立ちに任せて蹴り倒した木製の椅子が無惨に転がっている。

僧侶「青の王様はなんて......?」

倒れている椅子を優しく元に戻しながら僧侶が勇者に聞いた。

勇者「また他のとこの王様達と同じだよ」

勇者「『まだ返事はできない』『聖剣と契約したらまた来い』ってよ......!!」チッ

勇者は感情表現が豊かな方ではあるが、こうも他人の前で苛立ちをあらわにするのは珍しい。

幼き日に魔王と誓った人間と魔族との和平。
その計画が最後の最後に来て滞っているのだから苛立ちもするし不満もつのるのだろう。




192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:25:00.90 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「でもさ~、そんなに聖剣ってのは重要なもんなのかな~?」

テラスの手すりにもたれかかりながら魔法使いが言った。

勇者「さぁな......だけど魔剣と契約を交わした魔王を倒せるのは聖剣と契約を交わした勇者だけだって言われてる」

勇者「こと戦闘力に関しちゃかなり重要なモンらしいけど......」

武闘家「おそらく......一種のシンボル的なものではないでしょうか?」

魔族使い「シンボル?」

武闘家「えぇ、任命の儀を済ませ、聖剣を手にした者......それこそが『勇者』であると王様達は認識しているんでしょうね」

武闘家「ですから100代目勇者に任命されているとは言え聖剣と契約を交わしていない勇者は現時点では勇者として半人前、ということじゃないでしょうか?」

勇者「まだまだヒヨッこってことかよ」

武闘家の話を聞いた勇者は苦々しい顔でそう呟いた。




193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:26:31.89 ID:hr/uKPTi0

そして父親のことを思い浮かべた。

勇者「......にしてもあの親父がすんなり俺に聖剣を渡してくれるとは思えないしな」

僧侶「そう言えばどうして大勇者様は勇者君に聖剣を預けないの?」

勇者「『魔王と闘う意志のない腑抜けには聖剣は渡さない』ってよ」ケッ

武闘家「大勇者様は反魔族派ですからね......勇者は大勇者様といつも喧嘩してるんでしょ?」

勇者「あの分からず屋の頑固者が悪いんだよ。あのクソ親父、魔族を根絶やしにしないと気が済まないんじゃねぇか?」イライラ

旅立ちの日の我が家での言い争いを思い出し勇者の中に父への苛立ちの炎が再び燃え上がった。

何が魔族は人間の敵だ。

そうやって他の種族を受け入れられない心が人間にとって最大の敵だろうが。

母さんのことだって............。




194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:27:54.63 ID:hr/uKPTi0

勇者「あ~~......あのクソ親父のこと思い出したらイライラしてきた」

武闘家「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ」

魔法使い「そうだよ~、眉間に皺の寄った勇者なんて似合わないよ?」

勇者「わかってるよ......にしてもこれからどうすっかな......」ハァ

僧侶「今まで通り他の国の王様達に魔族との和平を提案していくしかないんじゃない?」

武闘家「そうですね、勇者として半人前ってことは半分は間違いなく勇者ってことですよ」

武闘家「また保留の意見が返ってくるかも知れませんが、それでも勇者の提言のおかげで王様達に和平の道を考えて貰えるようになったと前向きにとらえましょうよ」

魔法使い「うんうん、きっと無駄じゃないよ。そんで真の勇者とやらになったらまたお願いに行けば良いんだよ」

魔法使い「そしたら案外王様達も『よし、今すぐ和平だ!』って言うかもよ?☆」

勇者「そんなに上手く行けばいいけどな~......」ハハッ




195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:29:21.83 ID:hr/uKPTi0

勇者「ん~~~~............」ガシガシ

勇者「よしっ!!」

頭を掻きむしると勇者は声を上げた。

勇者「そうだな、やれることをやってかないとな!!」

僧侶「うん、それでこそ勇者君だよ」ニコッ

勇者「魔王も魔王で頑張ってんだ。俺もちょっとやそっとの障害ぐらい乗り越えてみせなきゃ笑われちまうよ」

魔法使い「『ちょっと上手くいかないことがあったからってふて腐れちゃうの?勇者はだらしないな~』とか言いそうだよね」ニャハハ

武闘家「まったくですね」フフッ

勇者「ったく、勘弁してくれよ」ハァ

肩をすくませため息混じりに勇者は苦笑した。




196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:30:36.82 ID:hr/uKPTi0

その時王宮が急に騒がしくなった。

がやがやがやがや!!

タッタッタッタ!!

勇者「............なんだ?」

僧侶「さぁ......?」

石畳の廊下を駆ける兵士達の足音。
時に飛び交ういくつもの怒鳴り声。

明らかに異常な空気が王宮に満ちている。

魔法使い「よくわかんないけど何かあったみたいだね......」

武闘家「......すみません!!」

武闘家は廊下を駆けてきた若い兵士に声をかけた。

若い兵士「これは武闘家さん、なんでしょうか?」

武闘家「急に騒がしくなったのでどうかしたのかな、と......」

若い兵士「どうもこうもありませんよ!!魔族の連中宣戦布告も無しに攻めて来たんです!!」

勇者「なっ......!?」

僧侶「えっ......!?」

武闘家「魔族が奇襲攻撃を......!?」




197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:35:46.10 ID:hr/uKPTi0

人間と魔族の戦争は戦技協定と呼ばれる掟にのっとって行われている。

これは開戦当初に人間側と魔族側との間で取り決められた戦争についての誓いである。
緑の国での戦の禁止や、相手側の種族を捕虜として拘束することの禁止などがこれに含まれている。

そうした掟の中に『開戦前には宣戦布告を要する』というものがある。
事前に侵攻側が防衛側に対し日時と場所を指定し、互いの準備が整ったところで戦が行われるのだ。

お互いの国がフェアに正々堂々と闘って戦に白黒をつけるために生まれた掟である。

無論、何百年と続く人間と魔族の戦に置いて宣戦布告を為さずに奇襲攻撃を仕掛けた王や魔王も何人かいる。

だが彼らは一人の例外も無く卑怯者の汚名を着せられている。

勝利に目が眩み正々堂々と戦いをすることが出来ない卑しい王である、と罵られることになるのだ。

その奇襲攻撃を魔王が指示したのだ。

人間と魔族との和平を目指し、争いを好まぬあの魔王が、だ。

勇者達は未だに先程の兵士の言葉が信じられずにいた。

勇者「おい......それホントなのかよ!?」

若い兵士「ホントもホントですよ、お陰で今すぐ援軍を送らなくちゃならないってんで兵士と上位魔法使いが召集かけられてるんです!!」

魔法使い「上位魔法使い......転移魔法で兵士さん達を戦場まで飛ばすんだね」

若い兵士「えぇ......っと、自分も兵士長に呼ばれてるので失礼します!!」ダッ

兵士は勢い良く廊下を蹴って練兵場へと向かって行った。




198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:37:18.52 ID:hr/uKPTi0

武闘家「勇者......」

勇者「わかってる!!」

武闘家が何か言おうとしたがそれを遮るように勇者が怒鳴った。

勇者「魔王が......アイツがこんなマネするわけない!!」

僧侶「うん......私もそう思う」

武闘家「僕も......そうですが......」

魔法使い「............」

四人は魔王が奇襲攻撃の指示を出したとは到底思えなかった。
他の誰かが魔王に無断で指示を出したのか、何かの手違いか......。

しかし心の奥底には魔王を疑う思いがあったのも事実である。

魔王がそんなことするはずない。

そう思えば思うほど懐疑の念が顔を覗かせるのだ。

武闘家「............とにかく、詳しい状況がわからないことには何も言えません。大臣さんのところへ向かいましょう」

勇者「......あぁ!!」

勇者達は王の間へと全速力で向かった。




199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:38:56.21 ID:hr/uKPTi0

たどり着いた王の間は混乱の様相を極めていた。

青の王は幾人もの臣下からの話を同時に聞きつつ頭を抱え、大臣は彼らに大声で指示を出し、指示を受けた臣下達は右往左往しながらその場を後にする。

つい先ほど勇者達が招き入れられた静かな王の間はそこにはなかった。

勇者「大臣さん!!」

青の大臣「おぉ、勇者殿!!」

武闘家「魔族が奇襲攻撃をかけてきたというのは本当なのですか?」

青の大臣「うむ......風鳴の大河の戦場に魔族が攻めて来おってな、我が軍の兵士達は不意打ちに大打撃を受けている。このままでは......」

風鳴の大河とは青の国の西を流れる黒の国と国境を為す河川である。

もっとも長年続く魔族との戦争において国境は幾度となく変動してはいるのだが、青の国と黒の国との国境と言えばまず誰もが思い浮かべるのはその河川だ。

そしてそれ故青の国と黒の国の主戦場となっている地域の一つである。

青の国も常時それなりの兵を置いてはいるのだが......突然の奇襲には対応出来なかった様だ。

青の大臣「我々としても奇襲の報を受けてからできる限り兵を集めておる。既に劣勢となった戦場に援軍を投入したとしてどこまで巻き返せるか分からぬがそれでもやらねばなるまい」ムゥ...

勇者「その必要はないです」

難しい顔をした青の大臣に勇者は言った。

僧侶「勇者君......?」

勇者「風鳴の大河の戦場へは俺たちが向かいます」




200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:40:47.23 ID:hr/uKPTi0

武闘家・僧侶・魔法使い「!」

青の大臣「ゆ、勇者殿達が!?」

勇者「はい。風鳴きの戦場には俺の転移魔法で跳べますし、俺達なら戦力としては申し分ないでしょ?」

青の大臣「たしかに勇者殿達が行ってくれるのならばこの上ない戦力になるが......」

勇者「お前らも大丈夫だよな?」

勇者は仲間達の顔を確認する。

僧侶「勇者君がそう言うなら......私は行くよ」

武闘家「えぇ、僕も僧侶さんに同じです」

魔法使い「あたしも大丈夫だよ~、最近動いてなかったから丁度良いかな、なんて」ニャハ

勇者「よし......じゃあ決まり、だな」




201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:42:02.69 ID:hr/uKPTi0

勇者「援軍には俺達が行きます。魔族側の規模が分からないからなんとも言えませんけど......奇襲には大規模な軍勢はかけられないだろうから多分戦闘に関しては俺達だけで大丈夫だと思います」

三人の返事を聞き、勇者は改めて青の大臣へそう言った。

青の大臣「勇者殿達の武勲は聞いておるが......本当に大丈夫か?」

魔法使い「大丈夫大丈夫♪」

武闘家「そうですね、むしろ魔法使いさんがやりすぎないかが心配ですよ」

勇者「ま、そういうことです。転移魔法で援軍を送るんだったら医療班の人達をお願いします」

青の大臣「う、うむ......わかった」

不安げに青の大臣は勇者の申し出を受け入れた。

勇者「じゃ、行くぞみんな」パチィンッ!!

武闘家「はい!」

僧侶「うん!」

魔法使い「りょーかいっ!!」

カアアァァッ!!

転移魔法陣が勇者達の足元に浮かび上がった。

王の間の人々が転移魔法の青白い光に目を細めた時には勇者達はもうその場にはいなかった。




202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:45:47.01 ID:hr/uKPTi0

――――青の国・風鳴の大河

ウオオオォォォ!!

わー!!わー!!

キン!!ガキーン!!

風鳴の大河の戦場では青の国の兵士と黒の国の兵士とか熾烈な闘いを繰り広げていた。

しかし黒の国側の奇襲は現在の戦況に大きく影響を与え、青の国側は必死の防衛線を張っている状況だった。

今や風鳴の大河にある青の国の砦は最後の一つが辛うじて残るのみである。

槍を持った黒の兵士「うおおぉーー!!」ビュッ

髭面の黒の兵士「はああぁーー!!」ブンッ

聖騎士「甘い!!」ビュバッ

槍を持った黒の兵士「がっ......!?」ドサッ

髭面の黒の兵士「ぐぁ!!」ドサッ

二人の黒の兵士達の同時攻撃の隙間を縫う様に紙一重でかわし、聖騎士は両手で持った大剣を振り抜き二人の兵を一閃によって討ちとった。




203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:47:58.00 ID:hr/uKPTi0

聖騎士「くっ......善戦しているとは言え明らかな劣勢だ......」

聖騎士は額を伝う汗を拭いながら現状を分析すると悲嘆の声を漏らした。
聖騎士として戦場を長く駆ける彼女の切れ長の眼には今の戦況が残酷なまでに写っていた。

賢者「はうぅ......多勢に無勢ですもんね......」ウルウル

まだ十四になったばかりの賢者は今にも泣き出しそうな顔でか細い声で言った。
実力はあっても実戦経験の無い彼女にとって初めての戦が奇襲攻撃の防衛というのは酷な話だろう。

弓術士「あ~あ、迫り来るこの魔族の兵士達がみんなビキニのおねーちゃん達ならいいのになぁ......っと!!」ビュン

小柄な黒の兵士「うあっ!!」ドサッ

弓術士「っしゃ!ナイスショット♪」グッ

軽口を叩きながら弓術師の放った矢は砦へ脚を踏み入れようとした小柄な魔族の右大腿部を的確に射抜いた。

星氷の勇者「大丈夫、僕達がここの守りに徹していればこの砦が落とされることはまずないよ」




204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:48:47.20 ID:hr/uKPTi0

星氷の勇者「だから援軍が来るまで絶対にここを死守するんだ!!」

青の王よりこの地の守りを任されていた星氷の勇者が叫んだ。

彼が『星氷の勇者』と呼ばれているのには勿論理由がある。
それは彼が100代目勇者候補の一人であったからだ。

朱の刻印を持つ勇者候補達は候補者の証としてそれぞれが二つ名――――異名をを自国の王から与えられる。

背格好や性格、家柄、戦闘スタイルなど二つ名の由縁は様々だ。

彼が『星氷』の名を冠するのは、美しいまでに洗練された彼の氷撃魔法を讃えて与えられたものである。




205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:50:13.81 ID:hr/uKPTi0

聖騎士「そうは言うが守ってばかりいては勝つことはできないのだぞ?」

聖騎士「私達がここの守りをしなければならないのだから攻撃に割ける戦力などたかが知れている」

聖騎士「私達に援軍が来る様に魔族側にも援軍は来る。長期戦になればいずれ私達も闘えなくなり......ここも落とされる」

聖騎士は悲痛な面持ちで星氷の勇者の言葉に意見を述べた。
冷静に今の戦況を考えれば考えるほどこの戦の行く末が嫌と言うほど分かってしまう。
彼女自身それがつらかった。

星氷の勇者「でも僕達が諦めるわけにはいかない!!」

星氷の勇者「僕はこれでも勇者の端くれだ、最後まで希望を捨てずに闘い抜くだけだよ!!」

聖騎士「......まぁお前ならそう言うと思っていたがな」フッ

弓術士「そっすね、なんともアニキらしいッスよ」ニヤ

賢者「はひっ!!私も頑張ります!!」ギュッ

星氷の勇者「ありがとうみんな............よし、なんとしても僕達でここを死守するんだ!!」チャキッ

カアァァァッ!!

星氷の勇者が剣を構えたその時、空中に青く輝く魔法陣が現れた。

星氷の勇者「!?」

賢者「これは......転移魔法陣?」

パッ!!

スタ!!スタタタッ!!




206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:55:59.08 ID:hr/uKPTi0

転移魔法の光の中から四人の男女が星氷の勇者達の目の前に降り立った。

「............思ったより状況は悪いみたいだな......」

少しクセのある黒髪の少年は鋭い眼差しで戦場を見渡して言った。
風になびいたマントから彼の腰に差された小振りの剣が見える。

「うん......怪我人もたくさん出てそうだね......」

金髪碧眼の絵に描いたような可愛らしい少女が緊張した声で返した。
肩まで伸びた彼女の絹の様は髪が風に吹かれて揺れた。

「いいね、ピンチの方ががぜん燃えるってもんだよ!!」

大きな黒帽子を被った少女が何故か意気揚々と言う。
腕を伸ばしてストレッチする様は明らかにこの状況を楽しんでいる様に見えた。

「分かってると思いますが......遊びに来たわけじゃないんですからね?」

金髪の少年が黒帽子の少女に釘を刺した。
小さく漏らした彼のため息ははしゃぐ子供を前にした親のものと同じだ。

聖騎士「な............!!」

弓術士「アンタ達は............!!!!」

星氷の勇者「勇者さんっ!!!!」




207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 01:58:46.73 ID:hr/uKPTi0

星氷の勇者達三人は突如として現れた100代目勇者一行に驚きの声を上げた。

その声に勇者達も振り返る。

勇者「おー!!青坊じゃん!!久しぶりだなー!!」

青坊というのは勇者が星氷の勇者を呼ぶ時のあだ名だ。
勇者は自分より一つ年下の青の国出身の彼をそう呼んでいるのだ。

勇者「なんでここにいるんだ?」

星氷の勇者「僕達はもともとここの守りを青の王様から任されてますから」

弓術士「僧侶ちゃ~ん!!会いたかったよ~~」ガバッ

僧侶「止めて下さい、セクハラで訴えますよ」サッ

弓術士「ぐぇ!!」ドシーン

武闘家「弓術士さんは相変わらずみたいですね」フフッ

聖騎士「あぁ、残念ながらな」ハァ

星氷の勇者「皆さんはどうしてここに......?」

勇者「たまたま青の国の王宮に居たら奇襲攻撃の知らせがあってな、俺達が援軍として加勢に来たってワケだ」

魔法使い「あたし達が来たからにはどーんと泥船に乗ったつもりでいてよ!!」

勇者「お前の場合は本当に泥船になっちまいそうだよ」ハァ




208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:00:09.52 ID:hr/uKPTi0

賢者「あ、あの......」

賢者がおそるおそる声を発した。

賢者「は、はじめまして......」

勇者「ん?見ない顔だな......」

星氷の勇者「そうですね、勇者さん達は会うの初めてですもんね」

星氷の勇者「彼女は最近僕達のパーティに加わった賢者ちゃんです。青の国の魔法学校を飛び級で卒業した飛びきり優秀な子なんですよ」

勇者「賢者!?そりゃすげーな!!そういやお前のとこのパーティ回復は聖騎士がして攻撃魔法はお前がしてたもんな」

星氷の勇者「はい、彼女が仲間になってくれたお陰で戦略に幅ができました」

勇者「俺は勇者だ、よろしくな」ニッ

賢者「は、はい!!......ゆ、勇者様ってもしかして......」

聖騎士「あぁ、この前正式に任命された100代目の勇者だ」

賢者「!!」




209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:01:35.45 ID:hr/uKPTi0

勇者「まぁ100代目勇者なんて名ばかりだけどな」ハハッ

武闘家「ただの遅刻魔ですからね」ニコッ

勇者「うっさいなー」ムスッ

僧侶「勇者君、青君に会えて嬉しいのは分かるけど......」

勇者「あぁ、そうだな」

勇者「青坊、この砦の守りはお前らに任せるぞ。俺達は攻撃に回って魔族の奴らを撤退させる」

星氷の勇者「はい!!」

聖騎士「頼むぞ勇者!!」

弓術士「ねぇねぇ僧侶ちゃん、この戦いが終わったら俺とデートでも......」

僧侶「しません」キッパリ

弓術士「そっすよね~」

勇者「魔法使いと武闘家は戦場で黒の国の兵士達と闘ってくれ。僧侶は怪我人の手当て」

僧侶「了解!!」

魔法使い「勇者は?」

勇者「俺は本陣に攻め入って指揮官とケリつけてくる」

武闘家「分かりました」

勇者「魔法使い、帽子は」

魔法使い「大丈夫、ちゃんと被ってるよ」

勇者「武闘家」

武闘家「はいはい、ちゃんと手加減しますからご心配なく」

勇者「......じゃあ行くぞ!!!!」パチィン!!




210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:05:17.51 ID:hr/uKPTi0

勇者の転移魔法によって勇者一行は戦場へと散開した。

賢者「ゆ、勇者様達大丈夫なんでしょうか?」

勇者達の姿が見えなくなると賢者が不安そうに言った。

聖騎士「心配はいらない、奴らは強い」

賢者「でもたった4人じゃ......」

弓術士「なぁに、勇者の旦那達がいりゃ一万人力ッスよ」

星氷の勇者「......賢者ちゃん、歴代最強の勇者って誰だと思う?」

賢者「え?それはやっぱり大勇者様こと99代目の勇者様じゃないですか?」

賢者「最上級魔法の八重魔法陣ができるなんて後にも先にも大勇者様以外ありえないって言われてますよ」

星氷の勇者「そうだね、攻撃力っていう面で見たらたしかに大勇者様は歴代最強だと思う」

星氷の勇者「でも僕は勇者さんも負けないくらい強いと思う」

星氷の勇者「......去年だったかな、100代目勇者候補達の中で誰が一番強いのか、実戦形式の試合をしたことがあるんだ」




211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:07:34.68 ID:hr/uKPTi0

聖騎士「たしかお前は3位だったな」

星氷の勇者「うん。......試合前は大勇者様と99代目勇者の座を争った黄の国の裂空の勇者や、大火力の炎撃魔法の使い手の赤の国の煉撃の勇者が優勝だろうって言われてたんだけどね、優勝したのは勇者さんだった」

弓術士「他の候補者7人を相手にストレート勝ち。ぶっちぎりの優勝だったッスねぇ」

賢者「ふえぇ......」

聖騎士「『13秒完全試合』だな」

賢者「?」

星氷の勇者「勇者さんが闘った時間だよ」

賢者「どういう......」

星氷の勇者「7試合を計13秒で片づけちゃったんだ。つまり1試合あたり2秒かからずに勝ちを決めちゃったってこと」

賢者「えぇ!?そんな!!だって皆さんすごく強い方々ばっかりだったんじゃないんですか!?」

聖騎士「だがこれは事実だ。私達もその場にいて試合を見ていた」

弓術士「いやー、観客も審判も唖然としてたもんなぁ」ハハッ

星氷の勇者「その時僕達は改めて勇者さんの二つ名を思い知らされたよ」

星氷の勇者「『瞬天の勇者』、の二つ名をね」フフッ




212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:10:37.41 ID:hr/uKPTi0

――――――――
ウオォォォ!!

キィン!!キキィン!!

魔法使い「そーいや勇者が100代目の勇者に任命されてから戦場で戦うのって初めてじゃない?」グッグッ

風鳴きの戦場の中心地、兵士達の雄叫びが大地を揺らすその場所で魔法使いは腕を伸ばしながら言った。

武闘家「そうですね、諸国を巡る旅に出てからは戦場へ駆り出されたことはまだありませんでしたから」

魔法使い「もっと戦場に出るようになるのかと思ったら全然戦わなかったもんねぇ......戦うのっていつぶりぐらいだっけ?」

武闘家「任命前に戦ったきりでしたから多分4ヶ月くらいかと」

魔法使い「はぁ~......久しぶりだから大丈夫かなぁ......」

武闘家「何の心配ですか?」

魔法使い「手加減☆」

武闘家「だと思いました」フフッ

ザザザッ!!

多数の黒の国の兵士達が二人の前に立ちはだかった。

眼鏡の黒の兵士「前方に敵軍の兵士と思われる者達を発見、素手の男1女1!!」

唇の厚い黒の兵士「戦場に女だと!?」

長髪の黒の兵士「戦場に出たら男も女も関係ないだろうが!!」




213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:13:37.69 ID:hr/uKPTi0

黒の中隊長「その通りだ」

黒の中隊長「たかが小娘一人と優男一人戦場に転がるただのゴミと変わらん!!」

黒の兵士達「ハッ!!」ザザザザザッ!!

両手では数え切れない魔族達が魔法使い達に襲いかかろうと身構える。

武闘家「僕達ゴミですって」ハハッ

魔法使い「失礼しちゃうなー~......っと。よしっ、準備運動おしまいっ」

魔法使い「危ないから下がっててね、武闘家」ババッ

武闘家「言われなくても」スッ

魔法使いは不敵に微笑み両手を左右に広げた。

魔法使い「行っくよーー☆」ニッ

彼女の両の手のひらに魔力が集中していき、空中に赤の魔法陣が形成される。

眼鏡の黒の兵士「赤の魔法陣......攻撃魔法の使い手と言うことは......あの女魔法使いか!!」

長髪の黒の兵士「たかが魔法使いの女一人恐るるに足らん!!」

新米黒の兵士「......せ、先輩、でも......」

長髪の黒の兵士「どうした!?」

新米黒の兵士「魔法陣があんなにたくさん......」

長髪の黒の兵士「!?」




214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:16:16.92 ID:hr/uKPTi0

キィン!!

キキキキキキキキキィィン!!

黒の兵士達が魔法使いの方を見ると彼女の周囲の空中には多数の魔法陣が展開されていた。
左右の手を中心に二十個ずつ、計四十の魔法陣が砂煙舞う戦場に浮かび上がった。

唇の厚い黒の兵士「なっ......!?」

眼鏡の黒の兵士「れ、連撃魔法陣展開!?」

長髪の黒の兵士「しかもなんて数だ......!!」

魔法陣展開には二つの応用がある。
そのうち一つが連撃魔法陣展開だ。

一つの魔法陣を同時に複数個展開するこの技術は展開する魔法陣の数・レベルに応じて、必要とされる集中力と魔力も増してゆく。

並みの魔法使いが上級魔法陣の複数展開をするとするならば十が限界とされている。

だが魔法使いが術式を組んだ魔法陣は上級炎撃魔法陣だ。
それが四十もの同時展開......黒の兵士達が狼狽えるのも無理は無かった。

長髪の黒の兵士「な......あの女化け物か!!??」

魔法使い「くらえっ!!」バッ




215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:18:04.36 ID:hr/uKPTi0

左右に広げていた手を前に向け、魔法使いは叫んだ。

魔法使い『四十連炎撃魔法陣・灼』!!!!

ドドドドドドドドドドドドッ!!!!

ヒュンヒュン!!ヒュヒュヒュン!!

ドガガガガガガガガガーーーン!!

黒の兵士達「ぐああああああーーー!!!!」

四十の魔法陣から放たれた灼熱の火球が魔族達を襲う。
火の玉が戦場を飛び交い、あちこちで火柱が立ち上る様はさながら大軍隊による一斉砲撃の様であった。

眼鏡の黒の兵士「ぐぅ......!!」

唇の厚い黒の兵士「うぅ......!!」

新米黒の兵士「熱い......!!」

魔法使い「どうだったかな、あたしの情熱の炎の熱さは?」ニャハ

長髪の黒の兵士「ぐ......うぅ......き、貴様何者だ......!?」




216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:19:34.85 ID:hr/uKPTi0

炎撃魔法を受け倒れる黒の兵士の問いに魔法使いは答えた。

魔法使い「あたしは100代目勇者の仲間の一人、『燃え萌え魔法少女』魔法使いちゃんだよ☆」キラーン

決めポーズも忘れない。

長髪の黒の兵士「ふざけおっ......て......」ガクッ

彼はそう言うと心底悔しそうな顔で意識を失った。

黒の兵士達「うおおおぉぉぉ!!」ドドドド!!

魔法使い「ん、まだまだいるね~。でもさっきので手加減の仕方も思い出したしもうちょっと強い魔法使っても大丈夫かな?」ニッ

魔法使いが両手を体の前へと向けた。
広げた手のひらを今度は重ね合わせる。

キィン!!

先程の上級炎撃魔法陣の数倍はあろうという巨大な魔法陣が彼女の目の前に展開される。
手のひらへと魔力を集中させ、その力を解き放つ。

魔法使い『炎撃魔法陣・獄』!!!!

ゴオオオォォォォォォ!!!!!!

水平方向へと放たれた最上級炎撃魔法の巨大な火柱が戦場の魔族達に襲いかかった。




219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:24:47.88 ID:hr/uKPTi0

――――――――
ドガアァァァーーン!!!!

武闘家「いやぁ、魔法使いさんはしゃいでますねぇ」

戦場に立ち上るいくつもの火柱、響く爆音を見ながら武闘家が言った。

武闘家「前回の戦場では『燃える炎は元気の証☆キュア魔法使い』って言ってたのに今回は『燃え萌え魔法少女』ですか」アハハ

武闘家「さて、中央より西側は魔法使いさんに任せて僕は東側で戦うとしましょうか」

鼻ピアスの黒の兵士「よそ見してんじゃねぇぞあんちゃん!!」ブンッ

スキンヘッドの黒の兵士「ここはテメェみてぇなヒョロいガキの来るところじゃねぇんだ!!」ブンッ

武闘家の背後から二人の魔族が襲いかかった。

パシッ

グルン

黒の兵士達「!?」ブワッ




220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:28:03.25 ID:hr/uKPTi0

......が、武闘家が優しく彼らの攻撃をいなすと魔族達は空中を舞った。

ドゴオォーン!!

鼻ピアスの黒の兵士「がふっ!!」

スキンヘッドの黒の兵士「ぐうっ!!」

そのまま地面に叩きつけられた兵士達。
二人の倒れた地面は不自然なほど陥没していた。

ベテランの黒の兵士「な......一体どうなってるんだ!?」

ベテランの黒の兵士「あいつらはただ投げられたようにしか見えなかったがあの地面の凹みはそれだけじゃ説明がつかないぞ......!?」

双子の黒の兵士兄「えぇい、ただの武闘家相手に臆することはねぇ、行くぞ!!」ダッ

双子の黒の兵士弟「あぁ!!」ダッ

ベテランの黒の兵士「ま、待てお前ら!!」




221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:31:03.54 ID:hr/uKPTi0

双子の黒の兵士達「うらあぁぁぁー!!」ブンッ!!

手にした斧を武闘家へと振り下ろす二人。

ガガッ!!

双子の黒の兵士達「!?」ググッ

ベテランの黒の兵士「......そんな馬鹿な」

その場の魔族達は誰もが目の前に広がる光景に目を疑った。

筋骨隆々の大男二人が振り下ろした巨大な戦斧。
それを細身の少年が受け止めていたからだ。
しかも一つの斧につき片手、斧の刃を人指し指と中指で挟むようにして受け止めている。

双子の黒の兵士兄「ぐぐぐ......!!」ググッ

双子の黒の兵士弟「動かない......!!」ググッ

武闘家「駄目ですよ、むやみやたらと真っ直ぐに突っ込んできちゃ」

ブンブンッ

グルンッ!!

ドガアァーン!!

双子の黒の兵士達「ぐはぁっ......!!」

彼らもまた先ほどの兵士達と同じ様に宙を舞い、地面へと叩きつけられた。




222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:34:36.16 ID:hr/uKPTi0

ベテランの黒の兵士「な......なんなんだアイツは............ん?」

ボオ......

黒の兵士は武闘家の身体の異変に気づいた。
彼の身体は淡く黄色に光っている。

ベテランの黒の兵士「黄色の光............まさか!!」ハッ

武闘家「はい、そのまさかです」ニコッ

ベテランの黒の兵士「お前肉体強化魔法を仲間にかけてもらって戦っていたのか!!」

魔法陣によって対象者の肉体を一定時間強化するのが肉体強化魔法である。
肉体強化魔法の効果が持続している内は対象者の身体が補助魔法の証である黄色の光に包まれるのが特徴だ。

武闘家「ん~、半分正解、半分不正解です」

ベテランの黒の兵士「だ、だが元より強靭な肉体を持つ黄の刻印の者は肉体強化魔法に拒絶反応が出て効果がないハズ......それに魔法による肉体強化だけじゃ投げられたアイツらがすごい勢いで地面に叩きつけられた説明が......」




223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:37:03.30 ID:hr/uKPTi0

武闘家「それは......これですよ」スッ

武闘家は静かにその場にしゃがみこむと地面に手を当てた。

ドッゴオオオォォォッ!!

ただ手を当てただけ。
それだけで彼の周囲の大地が激しく音をたてて割れた。

ベテランの黒の兵士「......!!......ば、馬鹿な......!!」

キイィィン......!!

黒の兵士の視線の先。
武闘家の手のひらには赤く光る魔法陣が浮かび上がっていた。

ベテランの黒の兵士「じゅ......重撃魔法陣......!!」ゴクッ

武闘家「正解です。あなたのお仲間さん達を投げた時に重撃魔法で通常の何十倍もの重力をかけて地面に叩きつけたんですよ」フフッ

ベテランの黒の兵士「あ、有り得ない!!!!戦士や武闘家は全く魔法は使えないハズじゃ......」ワナワナ

武闘家「普通はそうですよね。でも僕はちょっと特殊な人間でして」スルッ

ベテランの黒の兵士「......!?」




224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:39:25.14 ID:hr/uKPTi0

袖を捲り、剥き出しにされた武闘家の右腕。
そこには青の刻印と黄色の刻印が混ざり合った見たこともない刻印が刻まれていた。

武闘家「賢者っているじゃないですか。あれは青の刻印と緑の刻印の両方の刻印を持つ人達なんですよ」

武闘家「それと似たようなもので僕は青の刻印と黄の刻印が合わさった特殊な刻印を持っています。............あ、これすごく珍しいんですよ、勇者の刻印より数が少ないんです」アハ

武闘家「だから本当は僕は『武闘家』ではないんです。............古い書物には肉弾戦と魔法を組み合わせるこの戦闘スタイルで闘う人についてこう書かれています」

武闘家「『魔拳闘士』、と」ニコ

ベテランの黒の兵士「マ、マケントウシ............?」ゴクッ

武闘家「さて、種明かしも済んだことですし僕も僕の役目を果たさせてもらいますよ」ニコッ

ベテランの黒の兵士「く、くそおおおぉぉぉ!!」ダダッ




225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:40:42.39 ID:hr/uKPTi0

武闘家『肉体強化魔法陣・豪』!!

キィン!!

武闘家『肉体強化魔法陣・堅』!!

キィン!!

武闘家『肉体強化魔法陣・疾』!!

キィン!!

武闘家の足元ち立て続けに展開された魔法陣が発動し、武闘家の身体は黄色の光に包まれた。

ベテランの黒の兵士「うああああぁぁぁ!!」ブンッ

武闘家「破ッ!!」

バキィィィン!!

ベタランの黒の兵士「な、なぁっ!?」

肉体強化の加護を受けた武闘家の掌底は黒の兵士の剣を易々と折った。




226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:43:43.56 ID:hr/uKPTi0

シャッ!!

狼狽する黒の兵士の懐へと目にも止まらぬ速さで潜りこんだ武闘家は右手に魔法陣を展開し、彼の腹部へと鋭い突きを放った。

武闘家『重撃魔法陣・砕』!!

ドゴッッッ!!

ベタランの黒の兵士「が......はぁっ!!」

ギューーーン!!

目の細い黒の兵士「ぎゃっ!!」

眉の太い黒の兵士「うわっ!!」

八重歯の黒の兵士「ぐえっ!!」

武闘家の拳と重撃魔法の合わせ技を受け吹き飛ばされ彼は幾人の黒の兵士達を巻き添えにした。

武闘家「あ............しまった、やりすぎた......」

武闘家「う~ん、僕も魔法使いさんのこと言えませんね~」ポリポリ




227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:50:40.15 ID:hr/uKPTi0

――――――――

そばかすの青の兵士「うぐ......」ドサッ

眼鏡の青の兵士「お、おい!!しっかりしろ!!」

坊主の青の兵士「うぅ......腕が......うぅ......!!」

色黒の青の兵士「意識が遠退く......血を......流しすぎた......」

鷲鼻の青の兵士「ぐあぁ......痛い......!!」

青の国最後の砦。
医務室には多くの兵士達が担ぎ込まれており、既に定員を超えていた。
医療班は必死に兵士達の手当てをしてはいるが次から次へと運び込まれる負傷者達に手が回らず何十人もの兵士が医務室の外の地べたに横たわっている。

そばかすの青の兵士「......俺はもう駄目だ......手足の感覚がもうないんだ......」

眼鏡の青の兵士「諦めるな!!踏ん張れ!!」

そばかす青の兵士「......なぁ、俺が死んだら故郷の妹に『いつも喧嘩ばっかりしてたけど兄ちゃんはお前のことを愛していた』って伝えてくれないか......」

眼鏡の青の兵士「馬鹿野郎!!気をしっかり持て!!お前妹なんていないだろ!!故郷にいるのは牛よりデカいおふくろさんだけだろうが!!」ユサユサ

坊主の青の兵士「......ぐうぅ......せめて包帯だけでも......」

色黒の青の兵士「............」ヒュウヒュウ

鷲鼻の青の兵士「うあぁ............俺の足が......足がぁ......!!」




228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:52:49.84 ID:hr/uKPTi0

タタタタッ

兵士達の呻き声が聞こえる中、地を駆ける軽い足音が聞こえてきた。

僧侶「皆さん大丈夫ですか!?」

眼鏡の青の兵士「あ、貴女は......?」

僧侶「私は100代目勇者の仲間として援軍に来ました、僧侶です!!」

眼鏡の青の兵士「僧侶さん......ってことは回復魔法が使えるんだな!?」

僧侶「えぇ、勿論です。皆さんの傷を癒すために私はここに来たんですから!!」グッ

眼鏡の青の兵士「た、頼む俺の怪我は後でいい!!コイツをすぐに治してやってくれ!!」

そばかすの青の兵士「............」ハァ...ハァ...

坊主の青の兵士「そ、僧侶さん......俺の傷も......!!」

色黒の青の兵士「............」ヒュウ...ヒュウ...

鷲鼻の青の兵士「俺の足が先だ!!変な方向に曲がってて......!!」

「俺も......!!」

「僕も......!!」

僧侶が現れたと知り兵士達は我先にと僧侶に治療を請うた。

僧侶「......大丈夫です。皆さんまとめて私が治します!!」




229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:54:38.86 ID:hr/uKPTi0

僧侶はそう言って目を閉じた。
深く意識を集中する......。

キイイィィィィン!!

やがて僧侶を中心に地面に巨大な緑の魔法陣が浮かび上がった。

眼鏡の青の兵士「これは最上級回復魔法陣......!!」

坊主の青の兵士「し、しかも多重魔法陣だ......!!」

多重魔法陣とは同様の魔法陣を重ねがけすることにより魔法の効果を増幅させる技術だ。
先述の魔法陣展開の応用のもう一つの形だ。

連撃魔法陣を魔法のかけ算とするなら多重魔法陣は魔法の累乗だ。
その威力は凄まじく、それ故、難易度も必要とされる魔力も桁違いである。

カアアァァァ......!!!!

僧侶『二重回復魔法陣・愛』!!!!

パアアアァァァ......!!!!

広範囲・多人数の仲間の傷を癒す最上級回復魔法。
多重魔法陣展開によって効果を増した温かな治癒の光が兵士達を優しく包み込む......。




230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 02:59:07.06 ID:hr/uKPTi0

そばかすの青の兵士「う......傷が......」シュゥ...

眼鏡の青の兵士「気持ち良い......」シュゥ...

坊主の青の兵士「なんて温かな光だ......」シュゥ...

色黒の青の兵士「すぅ......すぅ......」シュゥ...

鷲鼻の青の兵士「た、助かった......」シュゥ...

僧侶「......ふぅ、なんとか間に合って良かったです」ウフフッ

眼鏡の青の兵士「僧侶さん、本当にありがとうございました......貴女が来てくれなかったら俺達は......」

僧侶「そんな、お礼なんていいんですよ」

僧侶「皆さんを助けることができて本当に良かったです」ニコッ

青の兵士達(――――――――!!!!)ズキューーーーン!!

僧侶の笑顔に兵士達に稲妻に似た衝撃が走った。

(あぁ......なんて美しいんだ......)

(こんな素敵な笑顔の女性見たことがない......)

(まるで天女......!!)

(女神のようなお人だ......)

(戦場に舞い降りた天使......)

(僧侶さん......)

(僧侶さん......)

僧侶「......?」

僧侶(心なしか皆さんから熱い視線を感じるような......まぁ気のせいかな)

余談ではあるがこの後、風鳴きの戦場の青の兵士達を中心にして『僧侶さんファンクラブ』という団体が結成される。
僧侶は『戦場の天使』とファン達から呼ばれ、大変な人気を博すことになるのだが、この時の僧侶はそのことを知るよしもない。




231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:02:55.67 ID:hr/uKPTi0

――――――――

勇者「ふーむ......結構片付けたつもりだけどまだいるもんだな」

勇者は手にした剣で肩を叩くと対峙している魔族達を見据えた。

大剣の黒の兵士「ぐ......」ジリッ

大盾の黒の兵士「くっ......」ジリジリッ

黒の兵士達は勇者を前にすっかり萎縮してしまっている。
それもその筈、勇者が魔族達の本陣に攻め入ってから数分も経たない内に半数以上の兵士達が勇者の手によって討ち倒されたのだ。

勇者の後ろには意識を失った百人余りの兵士達が倒れている。

大剣の黒の兵士(クソッ......!!わけがわからねぇ!!一人であの数の兵士達を一体どうやって倒したってんだ......!?)

彼は焦りと恐怖で混乱した頭で必死に状況を分析しようと試みた。

大盾の黒の兵士(倒された兵士達に目立った外傷はない......あっても刀傷ぐらいだ。......ってこと魔法は使わずに打撃かあの短い剣で倒したってことになる)

たしかに勇者の持つ剣は一般的な剣に比べてやや小振りであった。
その理由は勇者の独特の戦闘スタイルによるものである。

大振りのナイフよりは長いその短めの剣を勇者は利き手である右手に持ち、左手には何も持っていない。

大剣の黒の兵士(あの短い剣じゃ重い一撃は出せないだろうし、何より攻撃範囲が狭い。それなのにわざわざあの剣を使うことにどんなメリットが......)

勇者「なんだ、来ないのか?なら俺から行くぜ」チャッ

大剣の黒の兵士(く、来る!!)サッ




232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:05:12.11 ID:hr/uKPTi0

ゴッ!!

大剣の黒の兵士「が......!?」ドサッ

身構えた瞬間、側頭部に強烈な衝撃を受け彼はそのまま意識を失った。

大盾の黒の兵士「!?」バッ

黒の兵士は目を疑った。

先程まで距離を置いて相対していた勇者がいつの間にかすぐ隣の同胞の右側頭部に蹴りを入れていたからだ。

脳を揺らされた同胞はその場に崩れ落ちた。

大盾の黒の兵士(なんだ!?一体何が起こっている!?)

大盾の黒の兵士(さっきまであそこにいたこの男がすぐ隣に......!!)

彼は今まで感じたことのない異質な速さに恐怖を覚えた。

それは自分の知る速さの概念を超えた、別次元の速さである......彼はなんとなくそれを実感した。

大盾の黒の兵士「うわあああぁぁぁ!!!!」ダダダッ

喚きながら手にした槍で勇者へと襲いかかる黒の兵士。

勇者は特に焦るでもなく彼に左手をかざした。

大盾の黒の兵士(!?)




233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:10:09.11 ID:hr/uKPTi0

次の瞬間彼の目には天地のひっくり返った光景が映った。
勇者に攻撃を仕掛けた筈が目の前に勇者はおらず、空のあるべきところに地面があり、地面のあるべきところに空がある。

ドシャア!!

大盾の黒の兵士「あ゛......!!」

自分が逆さになっているのだと気づいた時には既に彼は地面に頭から落下し意識を断たれていた。

若い黒の兵士(まるで手品だ......)ゴクッ

勇者に倒された二人の兵士からやや離れたところで一部始終を眺めていた黒の兵士は一連の出来事をそう感じた。

まず勇者は二人の目の前から消え、一人目の兵士の頭上へと現れた。
速すぎて彼には勇者の移動の軌跡は見えなかったが、事実勇者がそこに現れた以上、超スピードで移動したことになる。

一人目の兵士の頭部に思い切り蹴りを入れ、着地すると今度は襲ってきた兵士に手をかざした。

二人目の兵士は消えたかと思うと勇者から少し離れたに空中に逆さまになって現れ、そのまま地面に頭を打って気絶した。

若い黒の兵士「む......無理だ......何が何だかさっぱりわからないけど俺達なんかが敵う相手じゃねぇ......」ガクガク




234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:12:21.46 ID:hr/uKPTi0

黒騎士「これが音に聞く瞬天の勇者か......だがその実力は噂以上の様だな」

若い黒の兵士「く、黒騎士様!!」

全身を黒の甲冑に身を包んだその男こそこの戦場の指揮官、黒騎士である。
魔将軍の右腕でもある彼の実力は黒の国の軍隊の中でも三本の指に入るという達人である。

勇者「『瞬天の勇者』か。なんかそう呼ばれるのも懐かしいな」ハハッ

若い黒の兵士「黒騎士様......しゅ、瞬天の勇者とは一体......」

黒騎士「『瞬天の勇者』......100代目勇者の二つ名のことよ。そのすさまじいまでの高速戦闘により瞬天の異名が与えられたと聞く」

若い黒の兵士「ひゃ、100代目勇者......!!この男が......!!」ゴクッ

勇者「......なぁ、アンタが指揮官なんだろ?」チャッ

勇者は剣の先を黒騎士へと向けて言った。

黒騎士「だったらどうした?」

勇者「聞きたいことがある。............今回の奇襲攻撃、一体誰の指示だ?」

黒騎士「何を寝惚けたことを言っている、軍事の最高責任者は魔王様であらせられる。魔王様以外の指示など有り得ないであろう」




235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:15:00.66 ID:hr/uKPTi0

勇者(............!!!!)

勇者は黒騎士の言葉に動揺を隠せなかった。

魔王が、本当に魔王がこの奇襲攻撃を指示したと言うのか。

だとしたら何故?

こんなことをしては人間側の魔族に対する憎しみや不信感が増し人間と魔族の和平が不可能になる。

勇者(今まで俺達がやってきたことがこの戦で全て無駄になるんだぞ!?)

勇者(魔王、お前はどうして......)

黒騎士「今まで戦に対し消極的だった魔王様だが人間側に対して全面戦争を仕掛けるおつもりになった様だ。此度の戦はその序曲にすぎないということ」

勇者「..................」

勇者はしばらく黙り込んでいた。
黒騎士はそんな彼をただ静かに、だが注意して見詰めていた。

勇者「............わかった。とりあえず俺はこの戦を終わらせることに全力を賭けるとする」

黒騎士「ホゥ......どうするつもりだ?」

勇者「......アンタに一騎討ちを申し込む」

黒騎士「!!」




236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:16:16.81 ID:hr/uKPTi0

勇者「俺が勝ったら全軍を退かせろ」

黒騎士「フフ......何かと思えば一騎討ちとは......私がその申し入れを受けなかったらどうするつもりだ?」

勇者「いや、受けるさ。見たとこアンタは武人だからな。人間だろうが魔族だろうが根っからの武人ってのは一目見ればわかるもんさ」

黒騎士「クククッ......生意気な小僧だ。だが気に入ったぞ!!その勝負受けて立とうではないか!!」

若い黒の兵士「く、黒騎士様お気をつけ下さい!!奴は妙な技を使います!!」

黒騎士「なに、大体の種は分かっている」サッ

そう言って黒騎士は勇者へと手をかざした。

黒騎士『三十連氷撃魔法陣・冷』!!

カアッ!!

勇者「!!」

勇者の周りに幾つもの魔法陣が展開された。

勇者をとり囲む様に氷の刃が空中に形成され、それらが全方位から勇者を襲う。

ドドドドドドドドッ!!




237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:18:15.25 ID:hr/uKPTi0

若い黒の兵士「おぉ!!全方位攻撃!!あれならいくら速く動けようが関係ありませんな!!」グッ

黒騎士「............」

若い黒の兵士「......黒騎士様?」

勇者「ったく、いきなりだな~」

若い黒の兵士「!?」バッ

背後から聞こえた勇者の声に兵士は振り返った。

彼らの後ろ......そこには傷一つ負っていない勇者が立っていた。

若い黒の兵士「ば......馬鹿な!!あの攻撃は避けようがない......!!それなのにかすり傷一つなくあの場を移動するだなんて......!!」

黒騎士「やはり............転移魔法か」

若い黒の兵士「て、転移魔法......?あの移動に使う転移魔法でしょうか?」

黒騎士「あぁ。奴の尋常じゃない速度での移動、対象の座標操作......転移魔法を使っているとするなら全ての辻褄が合う」

若い黒の兵士「な......しかしそんなこと有り得ません!!戦闘に転移魔法を応用するだなんて聞いたことがありませんし、何より不可能です!!」




238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:21:22.39 ID:hr/uKPTi0

転移魔法が上級魔法と言われているのは術式を組むことの難しさにある。

通常魔法陣を展開するには使用者自身の魔力を源として発動する魔力の構築式を組む必要がある。

このことを一般に『術式を組む』と言う。

炎撃魔法を例に上げるならば、どの様な形、どの様な規模、どの様な特性の炎を出すのか、それを構築式に組み込み魔法陣を展開することで使用者の意図する魔法を放つことができる、という仕組みだ。

そして転移魔法はこの術式が攻撃魔法に比べ複雑なのだ。
移動する前の場所の情報式、移動先の場所の情報式、移動させる物・人の情報式。
これらの術式を組むことが非常に難易度が高いので上位魔法とされているのだ。

さらに転移魔法は術式を組むのに時間がかかる。

情報式を正確に術式に組み込まなければならないので、その作業に時間を労することになるのだ。

若い黒の兵士「あんな一瞬で転移魔法の術式を組んで、しかも周囲に魔法陣の展開を認識させる間も無く発動させるだなんて......それはもはや神業なんて話ではありません!!」

黒騎士「だが実際に奴はそれをやってのけている。でなければ先程の氷撃魔法をかいくぐり私達の背後に現れたことに説明がつかない」

若い黒の兵士「............」

黒騎士「奴のあの短い剣も転移魔法を用いた戦闘により特化した証だろう」

黒騎士「剣撃において間合いが重要なのは万人の知るところ......通常ならば短い剣は相手の間合いの懐に入らなければならないため問題があるように思われる」

黒騎士「だが奴は転移魔法によって瞬時に自分が斬り込める領域へ移動することができる。ならば小回りが利き素早く振ることのできる短めの剣の方が適している」

黒騎士「左手は転移魔法を展開するために敢えて何も持っていないのだろう......素手の方が即座に魔法陣を展開できるからな」

黒騎士「......以上が私の推察だが......どうだ?瞬天の勇者よ」




239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:26:53.74 ID:hr/uKPTi0

黒騎士の問いに勇者は拍手で答えた。

勇者「ご名答。まさか武器の特性まで言い当てるとは......流石、指揮官ってところだな」パチパチパチパチ

勇者「でもネタが分かったところでアンタには勝ち目がないんだぜ?」

黒騎士「フッ......舐めるなよ、小僧が」

スラァ......

黒騎士はドスの効いた声でそう言い腰に差していた大剣を抜いた。

黒騎士「種が割れていれば対策などいくらでも立てられる。経験の差というものを見せてやろう」チャッ

黒騎士「来い!!」ゴオッ!!

勇者「なら行くぜ!!」

ヒュンッ!!




240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:28:22.16 ID:hr/uKPTi0

黒騎士の視界から勇者が消えた。
転移魔法による瞬間移動だ。

しかし黒騎士は冷静だった。

黒騎士("視界から消えた"と言うことは裏を返せば"視界の外にいる"ということ......つまり奴は私の背後か頭上から攻めてくる......!!)

ザッ!!

黒騎士は前へと一歩踏み込んだ。

勇者「!!」スカッ

黒騎士の背後へと空間転移した勇者の攻撃は空を切った。

黒騎士「思った通り、貴様の移動先から動けば私に攻撃は当たらない!!」バッ

黒騎士が振り向きざまに叫んだ。

黒騎士「消え去れ、100代目勇者!!」サッ

カアアアァァァ!!

黒騎士『二重炎撃魔法陣・獄』!!!!

ゴオオオオォォォォッッ!!!!

勇者へと放たれた獄炎の火柱。
赤熱の焔が勇者の身を焼き尽くす。




241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:29:42.04 ID:hr/uKPTi0

カアァ!!

黒騎士「!?」

ゴオオオオォォォォッッ!!!!

黒騎士「ぐああああぁぁぁ!!!!」

しかし叫び声を上げたのは黒騎士だった。
確実に勇者に命中するはずだった炎撃魔法は彼には当たらず、代わりに黒騎士が炎撃魔法の業火に焼かれている。

若い黒の兵士「!?......ど、どうなってるんだ......!?」

若い黒の兵士「黒騎士様が勇者に向かって炎撃魔法を放ったはずなのに......いきなり黒騎士様の脇から炎撃魔法の炎が......!?」

黒騎士「ぐっ......貴様私の炎撃魔法を転移させたな......!?」ヨロ

勇者「その通りっ!!」




242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:30:48.33 ID:hr/uKPTi0

ヒュンッ

バキィッ!!

黒騎士「がっ!!」

ヒュンッ

ドゴッ!!

黒騎士「ぐっ!!」

ヒュンッ

ドガッ!!

黒騎士「ぐはっ!!」

腹部に攻撃を受けた次の瞬間には背中に攻撃を、背中に攻撃を受けた次の瞬間には脇腹に攻撃を。
黒騎士は為す術もなく勇者の攻撃を受けるしかなかった。

勇者の攻撃を防御しようと身構えると勇者は防御がされていない側へと空間転移し攻撃をしてくる。
これでは防御のしようがない。

転移魔法による神速の移動術は勇者の一方的な攻撃を可能にしたのだった。

勇者「せいっ!!」

バキィッ!!

黒騎士「が......はぁっ!!」ガフッ

勇者の蹴りが的確に黒騎士の顎へと命中し、黒騎士は仰向けに倒れた。




243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:32:46.42 ID:hr/uKPTi0

若い黒の兵士「あ......あ......」ガクガク

若い黒の兵士(そ......そんな......あの黒騎士様が手も足も出ないだなんて......)ワナワナ

若い黒の兵士(黒騎士様が弱いんじゃない......勇者が圧倒的に強すぎるんだ......!!)ブルブル

勇者「さて、勝負はもうついたな」チャキッ

勇者は黒騎士の喉元に剣先をあてがい言った。

黒騎士「ぐ......無念......まさかこれほどまでとは............」グッ

勇者「ちゃんと約束は守ってもらうぜ」

黒騎士「......分かっている......おい、お前!!」

若い黒の兵士「は、はいっ!!」ビクッ

黒騎士「全軍に撤退命令を出せ」

若い黒の兵士「わ、わかりました!!」ダダッ




244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:33:39.17 ID:hr/uKPTi0

勇者「ふぅ......話のわかる指揮官で助かったよ」キンッ

黒騎士「............どうした、トドメは刺さないのか......?」

勇者「俺は戦争を止めに来ただけだ。魔族を殺しにきたわけじゃない」

勇者「俺が倒した魔族の兵士達も気絶してるだけでみんな生きてるよ」

勇者「俺の仲間も上手くやって死人は出してないと思う」

黒騎士「............瞬天の勇者は戦場で死人を出さない、と聞いていたがまさか本当だったとはな......」

勇者「お仲間連れて早く引き上げるんだな。そんじゃ」パチィン

勇者は後ろでに手を振ると転移魔法によってその場から音も無く去っていった。




245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:34:45.35 ID:hr/uKPTi0

――――――――

ドゴオォッ!!

大柄な黒の兵士「う......が......!!」ドサッ

武闘家「これでこっちはあらかた片付きましたかね」フゥ

手首を揺らしながら武闘家は辺りを見渡した。
武闘家の手によって無力化された何十人もの魔族の兵達が戦場に倒れていた。

突然空中に青の魔法陣が浮かび上がった。

キィン

武闘家「おや」

パッ

スタ

勇者「よっ」

転移魔法により勇者がその地へと降り立った。

武闘家「どうでしたか?」

勇者「あぁ、敵の指揮官倒して軍を引かせるように言ってきたよ」

武闘家「お疲れ様です。僕の方も戦意のある兵士達はほとんど倒し終えたところです」

武闘家「魔法使いさんも少し前に攻め入ってくる魔族の軍を壊滅させたので今は砦の方へ回ってるみたいです」

勇者「そうか」




246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:37:16.98 ID:hr/uKPTi0

勇者「久しぶりに運動した気分はどうだ?」

武闘家「やはり体を動かすのは気持ち良いですね、はしゃいでしまいましたよ」フフッ

武闘家「............と言いたいところですが、ここは戦場。命の奪い合いをする戦争を楽しむことなんてできませんよ」

勇者「......たしかにな」

武闘家「今回の判断、お見事でしたよ」

勇者「............何がだ?」

武闘家「あのまま青の国の兵士達が援軍に送り出されていたら、おそらく風鳴の戦場での戦いは凄惨極める血みどろの争いとなっていたでしょう」

武闘家「突然の奇襲攻撃に魔族達に敵意をむき出しにした青の兵士達は多くの黒の兵士達の命を奪い、黒の兵士達もまた多くの青の兵士達の命を奪うことになったに違いありません」

武闘家「勇者が援軍を僕達だけに、と言ったのは双方の被害を最小限に止めるためだったんでしょ?」

勇者「まぁ......な」

武闘家「多くの命が失われることになれば両国に計り知れない憎しみの種を生むことになる。そうなっては和平の実現が困難なものになってしまいますから......」

武闘家「でも勇者......」




247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:37:53.64 ID:hr/uKPTi0

勇者「分かってる。被害を最小限に抑えたと言っても今回の魔族側の奇襲攻撃は青の国と黒の国との間に......いや、人間と魔族の間に大きな軋轢を生むだろうな......」

武闘家「はい。............今回の奇襲攻撃について何か聞き出せましたか?」

勇者「敵の指揮官は魔王の指示だ、って言ってた」

武闘家「............そうですか」

勇者「指揮官はそう言ったけど............俺は何かの間違いだって思いたい............」

武闘家「それは僕も同じです。多分、僧侶さんも魔法使いさんも同じ想いでしょう」

勇者「.........明日アイツに会う予定だったからな、その時にアイツの口から真実を聞けばいいさ」

武闘家「えぇ......」

勇者「..................」

それきり勇者は何も言わなかった。




248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:38:37.50 ID:hr/uKPTi0

なんで?

そんなはずはない。

どうして?

何か理由があるんだ。

何故?

何故?

――――何故?

沸き上がる疑問と疑念。

どこまで行っても灯りのない暗闇が勇者の心を埋め尽くした。

少年は風に吹かれて血と煙りの臭いに満たされた戦場にただ静かに立っていた。




249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:40:05.28 ID:hr/uKPTi0

――――黒の国・王都・魔王の城

魔王「何故だ!!!!」

バァンッ!!

怒気を孕んだ重々しい声を上げると魔王は目の前にあったテーブルを思い切り叩いた。
衝撃によって倒れたティーカップから溢れた紅茶がテーブルの上に広げられていた書類に染みを作った。

魔将軍「先程も言ったであろう、お前の生温い指揮の下、近年は大きな戦もなくなり魔族も人間もすっかり緊張感を無くしている」

魔将軍「争い合うのが魔族と人間の宿命。此度の奇襲攻撃はそれを忘れないためのものだ」

魔将軍「そもそも戦に卑怯もクソもあったものではないだろう」フンッ

魔王「ふざけたことをぬかすな!!私に無断で兵を動かし宣戦布告もなしに戦をするなど......いくら叔父上でも許さんぞ!?」ワナワナ

魔王は込み上げる怒りを抑えることができずに拳を握り締めて言った。




250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:41:57.58 ID:hr/uKPTi0

なんということだ。

魔族側の奇襲攻撃を受けては人間側の魔族に対する印象はガタ落ちではないか。

いや、それだけに止まらず黒の国の民衆達の私に対する評価も大きく低下するだろう。

奇襲攻撃を指示するような卑怯者の王が臣民の信頼を得られる筈が無い。

私と勇者の夢である人間と魔族の和平がこんな形で揺るがされることになろうとは......!!

側近「軍隊の私的利用及び許可無き出撃命令......これらは大罪に値します。いくら魔将軍様でも厳重な処罰を受けて貰いますので覚悟なさって下さい」

魔将軍「階級の剥奪だろうが無期限幽閉だろうが処刑だろうが好きにするのだな、私は必要なことだからやったまでだ」

魔王「まだ言うか......!!」ギリッ

魔将軍「......フンッ、では処罰とやらが決まったら連絡を戴こうか。私はこれで失礼する」バッ

そう言って魔将軍は椅子から立ち上がると部屋を出ようとドアの方へと向かおうとした。




251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:43:11.73 ID:hr/uKPTi0

魔王「待て!!魔将軍!!」

魔将軍「......"叔父上"ではなく"魔将軍"......か」ボソッ

魔将軍「なんだ、まだ何か用があるのか?」

魔王「今度同じ真似をしてみろ、その時は私は容赦なくお前の首をはねる......!!」キッ

瞳の奥に怒りの炎を燃やし、魔王は叔父を睨みつけた。

魔将軍「............フン、肝に銘じておこう」

それだけ言うと魔将軍は部屋を後にした。

魔王「叔父上......何故私に無断で軍を動かすようなことを............!!」ギリッ

側近「魔将軍殿は予てから人間達を憎んでおられましたから......魔王様の指揮に強い不満を持っての行動でしょう」

魔王「だからと言って......!!」

冷静に推察を述べた側近に魔王は吠えた。
彼女自身この沸き上がる怒りを静めることなどできなかったのだ。

側近「......落ち着いて下さい、魔王様。こういう時にこそ冷静な判断をすべきです」

魔王「くっ............そうだな、いきなり怒鳴ってすまなかった」

側近「私は気にしてなどおりませんよ」

魔王「..................」フゥ...

魔王は堅く目を閉じると長く細いため息を漏らした。眉間に刻まれた深い皺が彼女の苦悩を表している。




252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:44:08.72 ID:hr/uKPTi0

魔王「......過ぎたことを考えるのはよそう。これからのことを考えねばならんな」

側近「えぇ。......今回の奇襲攻撃については魔将軍殿の独断専行によるものだと聖十字連合と民衆には伝えましょう。魔王様の統率力を疑われることになるでしょうがその方がいくらかはマシと言うものです」

魔王「うむ......叔父上には汚名を着てもらった上で重い罰を与えねばならん。階級剥奪の上で無期懲役と言ったところか......」

側近「............」

側近はやはり魔王は優しい、いや、優しすぎると思った。

魔将軍のとった行動は極刑に値するほどの重罪である。
にもかかわらず命をとろうとはしないとは............それは魔王の単なる優しさか、肉親に対する情の表れか......。

魔王「......どうかしたか?」

側近「いえ、なんでもございません」

魔王「青の国には詫び状を入れねばなるまい、加えてある程度を賠償金も払う必要も出てくるだろうな」

側近「そうですね......実際できることと言えばそれぐらいのことでしょうから」

魔王「今回の一件......叔父上だけに止まらず反人間派の過激な人間殲滅の思想はもはや歯止めの効かないところまできていると見える」

側近「......いかがなさるおつもりですか?」




253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:45:56.05 ID:hr/uKPTi0

魔王「......予定を繰り上げて停戦会議を開こうと思う」

側近「!!」

ついに......ついにこの時が来たのか。

側近はなんとか唾を飲み込み渇いた口を潤すと言った。

側近「ですが勇者さんは先日青の国に着いたばかりだと聞いております。まだ各国の王に対して十分な根回しができているとは......」

魔王「反人間派がまた何かしでかす前に我々魔族の総意として和平の表明をする必要がある。時は一刻の猶予も許されんほどに切迫しておるのだ」

魔王「魔族の総意として和平の意を唱えれば反人間派の動きに制限を与え処罰もしやすくなる」

側近「............」

魔王の言ったことは正しかった。

このままでは反人間派という爆弾達の導火線にいつ火が点くかわからない。
まして一度爆発してしまえば連鎖的に爆発を繰り返し魔王と勇者の和平への夢を完全に断たれることにもなりかねない。

側近「......わかりました。それが魔王様のご意思とあらば」

魔王「うむ......急な決定ですまないな」

そう言って魔王は椅子から立ち上がった。

魔王「私は今から母上に和平の意志を伝えてくる。......きっと母上には私の口から直接伝えなければならない......」




254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:48:26.47 ID:hr/uKPTi0

先代魔王の妻である黒の王妃――――自らの母に和平の意を告げるということは魔王も本気ということだからだ。

魔王の決意と覚悟を悟った彼女は静かに閉められたドアを見つめ、ただ廊下から響く足音を聞いていた。

部屋を出た魔王は早足で母の元へと向かった。

胸中は絶対に母を説得してみせる、という決意と母が人間との停戦など許すだろうか、という不安が半々といったところだ。

夫を大勇者に殺された王妃にあえて魔王は人間との和平を目指していることを話していなかった。

『全ての人間が悪ではない』と言っていたが本心では最愛の夫を人間に殺された母は人間に対し憎しみを抱いており、娘が和平を目指すことなど許すはずもないと考えていたからだ。

魔王の城の西の棟の最上階。
そこに王妃の私室がある。

晴れの日にはその部屋の窓から周囲を一望できるのだが今日の空は黒い雲に覆われ、お世辞にも良い眺めとは言えそうもない。

コンコンッ

魔王が扉をノックすると部屋の中から透き通った声が返ってきた。

「はい、入りなさい」

魔王はゆっくりと扉を開け、王妃の部屋へと入る。




255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:49:46.00 ID:hr/uKPTi0

部屋の中では窓際の椅子には一人の女性が腰掛け、本を読んでいるところだった。

艶のある黒髪も、大きな瞳も、彼女は魔王によく似ていた。
優しそうなその顔は気品に溢れ、若かりし頃は絶世の美女であったろうと誰もが思うだろう。
いや、実際齢四十になる今でも十分に美しい。

黒の王妃「あら、魔王。どうしたのこんな時間に......お仕事の方はもういいのかしら?」

魔王の来訪に王妃は少し驚いたようだった。

日中魔王は国事をしているため私室で隠居生活を送る王妃と会うことはあまりない。
魔族の王として本格的に魔王が政治に携わるようになってからは朝夕の食事の時に顔を合わせる程度であり、昼下がりのこんな時間に会うことなど最近は皆無であった。

魔王「今日は母上にお話があって参りました」

黒の王妃「なにかしら、急に畏まって......まぁそっちのソファに座りなさいな、すぐに紅茶を入れますから......」

王妃は読んでいた本を閉じ、ポットを取ろうと立ち上がった。

魔王「いえ、お茶はいりません......それにこのままで結構です」

魔王の真剣な顔つきに事態の深刻さを察した王妃は紅茶を入れるのやめ、魔王を真っ直ぐに見詰めた。

黒の王妃「......何か大事な話のようね......」

魔王「はい。............単刀直入に申し上げます」ザッ

魔王はその場に跪くと深々と頭を下げ魔王として、低い声で言った。




256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:53:01.78 ID:hr/uKPTi0

魔王「私は......私は人間達との和平を目指しています」

魔王「......父上を殺した人間達を母上が憎んでいるだろうことは重々承知しています。ですが魔族と人の争うことのない平和な世界の実現のためにどうか......どうかお力を貸してはいただけないでしょうか?」

魔王は意志を込めた声で言った。
魔王になってからというもの多くの演説をこなしてきた魔王だがたった数行の今のセリフを言うほど緊張しや演説はおそらくはない。
言い終えた時には手のひらが汗ばみ、膝が少し震えていた。

目を閉じて母の言葉を待った。

下手をすれば勘当されてもおかしくはない。

怒りと失意に満ちた返事に備え魔王は心の中で身構えていた。

黒の王妃「そう............」

だが魔王の耳に届いた母の声は儚げで悲しみに満ちていた。

魔王「......?」

魔王が顔を上げると王妃はその大きな瞳から一粒の涙を流して言った。

黒の王妃「あなたも......あの人と同じなのね............」




257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:54:39.81 ID:hr/uKPTi0

その笑みは今まで魔王が見たこともない様な悲しい笑顔だった。

魔王「あの人......父上と私が同じ!?」

魔王「ど、どういうことなのですか!?」

魔王は混乱していた。

父、先代魔王と自分が同じ......それは父も人間との和平を目指していたということなのだろうか?

だが父は魔王がまだ幼い頃、大勇者との死闘の末に命を失ったと聞いている。

一体............。

黒の王妃「......良いでしょう。今こそ全てを話す時のようですね......少しここで待っていなさい」

王妃はそう言って奥の部屋へと入って行った。

外は雨が降りだしたようで、雨粒が窓を打つ音だけが部屋に響いていた。
遠くの空には稲光が見えた。




258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:56:20.80 ID:hr/uKPTi0

黒の王妃「待たせてごめんなさいね」

奥の部屋から出てきた王妃の腕には一振りの剣が抱かれていた。

剣から放たれる並々ならぬ力に魔王はその剣の正体を瞬時に理解した。

魔王「......魔剣............」

黒の王妃「えぇ、あの人......あなたのお父さんが死んだ後、ずっと私が預かっていたの」

黒の王妃「本来なら魔剣はその代の魔王が二十歳になった時に契約をするもの」

黒の王妃「......まだあなたは二十歳になってはいないけれど、黒の国王妃の名においてこの魔剣をあなたに授けます」

魔王「な、何故今なのですか?それに先ほど全てを話すと......」

黒の王妃「............全てを話すために必要なことだからです」

黒の王妃「さぁ、魔剣を手に取り抜き放ちなさい。魔剣との契約が為されれば自ずと真実を知ることになります」スッ

魔王「............」

王妃の言葉が何を意味するのか魔王はわからなかった。
だが真実とやらをを知るため、自分にできることは母の言う通りにすることだけだ。




259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 03:57:41.61 ID:hr/uKPTi0

チャキッ

魔王は魔剣の柄に手をかけた。

スラァ............

ゆっくり、ゆっくりと剣を鞘から抜いていく。

キィン!!

魔王「......ッ!?」

魔王が魔剣を抜き終えると同時に彼女の足元には黒い魔法陣が現れた。

魔王「な、なんだこれは!?」

カアアァァァ!!!!

赤々とした怪しげな光が彼女を包む。

『魔剣と契約を交わす者よ......』キイィン

魔王「......くっ!?」

脳に直接響く重々しい声。

『今こそ汝に全ての真実を......!!』キイィン

ドドドドドドドドドドドド!!!!

魔王「がっ............ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」




260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:00:33.69 ID:hr/uKPTi0

魔王の脳には一瞬の内に膨大な情報が刻まれた。

それは先程の重々しい声による語りかけであり、
歴代の魔王達の思い出であり、
父らしき人物が若き大勇者にトドメを刺される瞬間の映像であった。

魔王「うっ......ぐ......あぁ......」ガクッ

突然の出来事に魔王は頭を抑えて膝をついて倒れ込んだ。

ガシャンッ!!

床に落とされた魔剣とその鞘が無機質な音を立てた。

魔王「い、今のは............」ハァハァ

黒の王妃「魔剣に記録された今までの魔王達の記憶とこの戦争の真実......魔剣と契約することでその全てを知ることができると私はあの人から聞きました......」




261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:02:03.20 ID:hr/uKPTi0

魔王「............そんな......これが......これが真実......!?」ワナワナ

黒の王妃「............」

魔王「嘘だと......嘘だと言って下さい母上!!こんな......こんなことって......!!」

黒の王妃「......残念ながら全てが残酷な真実です」

魔王「う......くぅ......これが......これが全てだと言うのか......!!......なら私は......私は何を............!!」ガンッガンッ

魔王は喚きながら力任せに床を叩いた。
彼女の顔は醜く歪み、瞳から溢れる出る涙が彼女の悲しみ、無力さ、虚無感......全てを物語っていた。

黒の王妃「真実を知ってしまったあなたの気持ちは痛いほど分かります......ですがあなたにはまだ知らなければならないことがあります」

魔王「ぐ......うぅ......ぐ............」

黒の王妃「......私の口からあの人の......99代目魔王の死、その真実を語りましょう......」

いつの間にか雨風は強まり外は嵐となっていた。
まだ日は沈んでいない筈だが空を覆った分厚い雲が魔王の城一帯を夜の様に暗くしていた。
豪雨が屋根を打ち、暴風が窓を揺らした。
薄暗い王妃の部屋を轟く稲妻が不規則に照らし出す。

魔王「............それが父上のやろうとしたことと......その結果なのですか......」

王妃から父の過去の全てを聞かされた魔王は虚ろな声で言った。

黒の王妃「えぇ......そうです」




262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:03:26.03 ID:hr/uKPTi0

魔王「ふっ......ふ、ふはははははふはははははははははははは」

魔王は笑った。

大声を出して。

涙を流しながら。

ひたすら自嘲的に。

魔王「何が......何が魔族と人間の和平だ............」グスッ

黒の王妃「魔王............」

王妃が心配そうに声をかける。

黒の王妃「............父と同じ未来を望み、父と同じく真実を知ったあなたはどのような道を選ぶのですか......?」

魔王「......私は......父上と同じ道を歩みます」

涙を拭って魔王が言った。

魔王「勇者と......この命を懸けて闘います」




263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:04:47.39 ID:hr/uKPTi0

黒の王妃「............そう......ですか......」

決意に満ちた声でそう宣言した魔王とは対照的に王妃は切ない声で言った。

黒の王妃「やはりそれが魔王と勇者の宿命なのですね............」

魔王「母上......真実を教えて下さりありがとうございました」

黒の王妃「............礼など不要です。私はただ貴方を地獄へと突き落としただけなのですから......」

黒の王妃「どうして......あなたもあの人も魔王なのかしら......私は悩み苦しむ夫と娘に何もしてあげられない......」ギュッ

王妃は下唇を噛みスカートの裾を握りしめた。
伏せたその眼からは己の無力さに対する深い嘆きが見てとれた。

魔王「母上......そんなことありません」ギュッ

黒の王妃「魔王............」

娘は母を優しく抱き締めた。




264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:06:08.09 ID:hr/uKPTi0

魔王「父上がその身を賭して勇者と闘ったのは母上や愛する民を守るため......勿論私も父上と同じ様に大切な人達を守るために闘うつもりです」

魔王「父上も私もそうして大切なもののために闘うことができるのは母上やみんなとの大切な思い出があるからです......だからどうかそう気に病まないで下さい」

黒の王妃「............駄目ね、私。娘に慰められてるようじゃ......」フフッ

瞳を潤ませて王妃は笑った。

魔王「......では私はこれで」スッ

部屋の扉を閉めようとした時、後ろ手に魔王は母の声を聞いた。

黒の王妃「......魔王。例えあなたがこの先どんな選択をするとしても私はあなたの味方よ。それだけは忘れないでね......」

魔王「............ありがとう、母さん」

小さく呟き魔王は扉を閉めた。




265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:07:36.73 ID:hr/uKPTi0

母の私室を後にし、しばらく歩くと魔将軍が壁にもたれて立っていた。

魔王「叔父上......」

魔将軍「......魔剣を腰に差しているところを見るとどうやら全てを知ったようだな」

魔王「その言葉......叔父上も真実を知っておったのだな......」

魔将軍「............そうだ。兄上亡き後、兄上からの手紙を読んでな。そこに全てが記されておった」

魔将軍「......真実を知った今、お前はどうするのだ?今後とも腑抜けた指揮を続けるつもりか?」

魔王「......どうするもこうするもあるまい......私達に闘う以外の選択肢は残されていないのだからな」

魔将軍「そうか......ついに全面戦争か」フッ

魔王は窓から外を眺めた。
魔王の城のすぐ北側に生える黒の神樹は強風に吹かれて枝葉を激しく揺らしている。

魔王「......勇者......」

無意識の内に彼女の口から小さく洩れその言葉は、雷鳴によってかき消され魔王自身の耳にすら届くことはなかった。




266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:08:53.79 ID:hr/uKPTi0

【Memories04】
思い出というものは必ずしも綺麗で鮮やかで輝かしいものではない。

脳裏によぎるだけで吐き気をもよおし、苛立ちを覚え、後悔に頭を抱える思い出も存在する。

『思い出は全部記憶しているが、記憶は全部は思い出せない』

私の好きな小説のある登場人物の言葉だ。

だからあの日の出来事は私の中に単なる記憶ではなく思い出として刻まれている。

それも忌々しい形で。

人によってはそんな思い出はすぐにでも忘れてしまいたいと思うかもしれない。

だが私は忘れたいなどとは思わない。

その思い出が今の私を造っている、そう思えるからだ。

だからふとした時にあの日のことを思い出しては己という存在を確かめてみたりする。




267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:14:13.39 ID:hr/uKPTi0

――――十七年前・黒の国・魔王の城

私「何のご用ですかな、兄上」

その日の午後、私は会議が終わり部屋でまどろんでいたところを侍女がドアをノックする音に起こされた。
魔王様がお呼びです、とのことだったので顔を洗ってから王の間へと向かった。

王の間の玉座には兄上が深く腰掛けて私を待っていた。

銀色の髪が窓からの日差しに輝いて見え、それと対照的に漆黒の王衣がより一層黒く見えた。

兄上が99代目魔王に即位してから一年近く経っていた。
歴代最強にして最高の魔王と称される兄上は元々王としての器があったようだ。

兄上「いや、大した用ではないのだが......」

私の問いに兄上は少し申し訳なさそうに答えた。

私「大した用でもないのに出陣前の将軍を呼び出されては困りますな」

兄上「む......それはすまない」

私「冗談ですよ、相変わらず冗談が通じませんな」ハハッ

兄上「そうか」フッ

私が茶化すと兄上はいつも静かに笑ったものだった。




268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:15:36.24 ID:hr/uKPTi0

私「......で、どうしたのですか?」

兄上「あぁ......お前と話がしたくてな」

私「話......ですか?」

突然話をしたい、と言われて私の心臓は一拍大きな音を立てた。
兄上が改まって私に話すような重大な話があるのだと思ったからだ。

私「............」ゴクッ

兄上「......何を緊張しているのだ、お前が想像しているような重苦しい話などしないさ」

兄上「ここのところ家族としてお前と話す時間がなかったからな、ただとりとめもない話ができればと思っただけだ」

私「なんだ......そうでしたか。てっきり私は何かただならぬ事態でもあったのかと......」フゥ

兄上「言っただろう?大した用ではない、と」フッ

兄上の言葉を聞いて私は安堵の息を洩らした。

それとは逆に兄上の瞳が一瞬僅かに暗くなったことを今でも覚えている。




269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:16:46.47 ID:hr/uKPTi0

私「しかしですな、兄上。急にとりとめもない話をしようと言っても困ってしまいます」

兄上「ハハッ、同感だ。何を話したら良いのかわからん」

私「う~む............そう言えば姫君はもうすっかり大きくなられましたな」

そこで私は兄上の娘――――私にとっては姪にあたる姫君の話を持ち出した。

兄上「あぁ、もうじき2歳になるな」

兄上が魔王に即位する約一年前、兄上と王妃様の間に珠の様に可愛らしい娘が生まれた。
髪の色も瞳の色も誰が見ても母親似だとわかるその娘だったが、鼻筋や口元などは兄上に似ているように思われた。

兄上「最近はやんちゃが過ぎるようになってきてな、壁に落書きしたりして私達や世話役の侍女の手を焼かせているよ」

そう言った兄上の顔はどこか嬉しそうだった。

私「ですがまんざら嫌そうでもございませんな」

兄上「......まぁな、我が子の成長を見ることができるというのは実に良いものだ。......時にお前はどうなのだ?」




270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:18:24.41 ID:hr/uKPTi0

私「どう......と申されますと?」

兄上の問いに惚けてみたが無駄だった様だ。

兄上「何を惚けている、お前ももうそろそろ結婚しても良い年頃ではないか」

私「いつも申しておりましょう、生憎私は結婚して家庭を持つつもりはありませんよ。生涯独り身で黒の国の兵士として死するつもりですからな」

兄上「ふむ............そうか、家庭を築くというのも良いものなのだが残念だな......」

私「............まぁ、魔族と人間が戦争を止めるような平和な世界になればその時は私も考えましょう。よろしく頼みますよ、兄上」

兄上「............」

私「兄上......?」

兄上は99代目魔王に即位する前から人間側との和平を目指していた。

魔王となる一年程前、兄上がまだ魔将軍の地位にあった時に私は初めてその話を聞かされて驚いたものだ。

魔将軍になりたての頃は魔族のために聖十字連合に勝つと言っていた兄上も前線で戦っていくうちに、戦場では魔族も人間も懸け代えのない多くの命が失われていくことを痛感し、和平の道を目指すことを決めたと言う。

そのことを知るのは私と王妃様だけであったが、いつかは国民にも和平の意志を述べ、聖十字連合にも停戦の会議を申し入れるつもりであった。
まだ姫君が王妃様の胎内にいるうちから『娘には争いのない平和な世界を生きて欲しい......それが親としての私の願いだ』とよく言っていた。

しかし魔王に即位してからと言うもの兄上はあまり和平についての話題を出さなくなった。
むしろ意図して避けているようにすら思えた。




271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:20:15.61 ID:hr/uKPTi0

兄上「......いや、なんでもない。............そうだな、魔族と人が争うことのない世界......やってくると良いな」

やや間を置いてそう言った兄上の顔は儚げで瞳は鈍く色を失っていた。

私「兄上......一体どうしたというのですか?」

私「この際言わせていただきますが......兄上は魔王の座に就いてからというもの和平に対し消極的になったように思われます」

私「以前は戦争の無い平和な世界を実現させてみせる、と瞳に確固たる意志を込めて語ってくれたではございませんか。それがどうして............」

兄上「............」

兄上は私の言葉を聞きしばらくの間ただ黙っていた。
目を閉じ頬杖をつき、何かを考えているようで言葉を発することはなかった。

重い沈黙が広々とした王の間を埋め尽くしていった。
沈黙に耐えきれず私が何か言おうとしたところで兄上はやっと口を開いた。

兄上「............魔将軍よ、平和とはなんだろうな?」

私「............はい?」

兄上「私は平和な世界を目指してきた。戦争によって無慈悲に命が失われることのない......そんな世界を夢見てな」

兄上「過去にもそんな平和な世界を目指した魔王もいただろう............だが今も尚魔族と人間は悲しき争いを続けている」

私「............何が言いたいのですか?」

兄上「魔族と人間は争う宿命にある、ということだ。そして魔族と人間が争い合うことで均衡の保たれた今の世界も見方によっては平和な世界なのかも知れない............とな」

そう言って兄上は窓の外の黒の神樹を眺めた。
昼下がりの太陽が照らす大樹はそれを見つめる兄上の顔と相まってどこか悲しげな気がした。




272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:22:03.20 ID:hr/uKPTi0

私「............少なくとも私には今のこの世界が平和だとは思えません」

私「兄上も何度も見たでしょう!!戦場で命を落とす同胞、戦火で家や家族を失った国民を!!」

私「兄上の目指していた平和な世界とはこんな世界のことなのですか!?」

兄上「魔将軍............」

私「将軍として戦地を駆け、仲間を、国民を助けるべく雄々しく戦っていた兄上はどこへ行ってしまわれたのですか!?」

私「魔王となり前線に立つ機会は減ったとは言え......戦う場所は違えど黒の国のために戦っているのは今も変わりない筈でしょう!?」

私「今の兄上からは昔のような覇気が感じられません......」ギリッ

兄上「..................そうだな、すまない」

兄上「私としたことが少し疲れていた様だ」フゥ...

兄上はため息をつくと目を固く閉じ、目頭を押さえた。

私「兄上......何かあったのなら私に相談して下さい。私ではお力になれないかもしれませんが......それでも私は兄上のために力を尽くします」

兄上「..................わかった」

兄上は私の目を真っ直ぐ見て静かに答えた。

兄上「今はまだ話せないが近い内にお前には必ず全てを話そう」

私「............わかりました」

兄上「......時間をとらせてすまなかったな。準備が整い次第戦地へと向かってくれ」

兄上「此度の防衛戦には大規模な戦力を投入している......この意味は分かるな?」

私「......えぇ、今回の戦で赤の国に敗れれば我が国の領土に多大な被害が及びますから」

兄上「あぁ......和平を目指すとは言ってもすぐに戦いを止めるわけにはいかない......今回の戦でも活躍を期待しておるぞ、魔将軍よ」

私「............ハッ」

深々と一礼し私は王の間を後にした。




273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:23:21.55 ID:hr/uKPTi0

その後、戦へと向かう兵士を鼓舞するために城の一角、広々とした更地に兵士達を集め兄上による演説が行われた。
舞台の上の兄上はいつもの様に凛々しく勇ましい99代目魔王そのものであった。

だが私にはそんな兄上の姿は何故か虚しいものに見えて仕方がなかった。

魔王となってから兄上は演説の最後には必ずこう言った。

兄上「戦場で最も大切なことは敵を殲滅することでも任務を果たすことでもない、生き抜くことだ!!」

兄上「再び諸君達にこうして会えることを祈っている」

士気の高まった兵士達の雄叫びによって演説は幕を閉じた。

演説の後、上位魔法使い達の転移魔法によって次々に兵士達が戦場へと向かっていった。

最後に残った私は兄上と王妃様、まだ幼かった姫君に会釈し赤月の荒野へと跳んだ。

去り際に兄上は「元気でな」と微笑みながら私の肩を軽く叩いて脇を通り過ぎて行った。

意味が分からず私は振り向いた。



兄上のその時の後ろ姿は一生忘れることはない。






私が見た生きた99代目魔王の最後の姿だった。




274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:24:22.30 ID:hr/uKPTi0

赤月の荒野とはその名の示す通り特定の時期になると月が赤く見えるという黒の国東の荒野だ。
赤の国の西側と国境をなす激戦区がその時の戦場であった。

私は本陣の砦で翌日の戦いに備えて休息をとる予定だったのだが寝つくことが出来ずに砦の司令官室の椅子に深くもたれかかっていた。

出陣の際の兄上の言葉がずっと気にかかってどうにも眠れなかったのだ。

それだけではない。
昼間のやり取りも気になっていた。

今日の兄上は何から何まで兄上らしくなかった。

魔将軍として白の国の勇者候補と激戦を繰り広げていたあの頃の兄上は一体どこへ行ってしまったのだろうか?

............いや、その頃の兄上が"兄上らしい"とするなら兄上らしさが失われたのは今日ではない、ずっと前からだ。

そう、99代目の魔王となり魔剣と契約を交わしたあの時から............。

そんなことを悶々と考えながら私は眠れぬ夜を過ごした。

ふと窓の外を上げると夜空には月は無く、瞬く星達だけが荒野の空に浮かんでいた。




275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:25:58.50 ID:hr/uKPTi0

深い深い意識の底。

突然けたたましい音が私の耳に届いた。

音に気づいて私はハッと意識を取り戻した。
どうやらいつの間にか寝入ってしまっていたらしい。

窓の外の東の空は既に白んでいた。

「魔将軍様!!魔将軍様!!」ダンッダンッ!!

私を眠りから覚ましたのは当時の黒騎士が私を呼ぶ声と司令官室のドアを叩く音だった様だ。

昨日の侍女と言い私の眠りはノックの音に妨げられるものだな、と思いながらドアを開けた。

私「朝からどうしたというのだ?赤の国との戦は昼からだろう、何か問題でもあったのか?」

黒騎士「それが......!!ま、魔王様が............!!」

私「!?」

私「兄上がどうかしたのか!?」

黒騎士「ま、魔王様が......99代目勇者に討たれ御隠れになられたと............」

私「............なんだと?」




276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:27:47.41 ID:hr/uKPTi0

私は黒騎士の言葉の意味をすぐに理解することができなかった。

彼の声は耳から入って脳へと達していたのだが頭が理解できずにいたのだ。

恐らくその時の私は数瞬固まっていただろう。

我に返った私は額に汗を滲ませ息を切らせた黒騎士の胸ぐらを掴んで怒鳴るように問い詰めた。

私「どういうことだ!?兄上が......兄上が討たれただと......!?」ガシッ

黒騎士「ハッ......報告によりますと魔王城にて勇者と死闘を繰り広げた末、敗れたと......」

私「馬鹿な!!歴代最強の魔王と謳われたあの兄上が敗けるわけがない......!!お前も兄上の鬼神の如き強さはよく知っているだろう!?」

黒騎士「はい......しかし相手もまた歴代最強と言われる99代目勇者......その実力は魔王様とほぼ互角です......」

黒騎士「両者の凄まじい闘いにより魔王城は半壊、勇者も相当の深手を負ったと聞きます」

私「何故勇者が城に攻め入って来た時点で報告がなかった!?城の者達は何をやっていたのだ!?」ギュッ

黒騎士「っ......か、風鳴の大河、薄雲の岩山、そしてここ赤月の荒野......3ヶ所の戦に大規模な兵力を投入していたため魔王城には最小限の兵士しかおりませんでしたので......」

黒騎士「勇者一行の強襲によって連絡を取る間さえ無く兵士達は無力化され、ゆ、勇者の仲間の大賢者によって転移魔法で城から離れた丘陵に運ばれ睡眠魔法で眠らされていたとのこと......」




277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:29:57.97 ID:hr/uKPTi0

黒騎士「勇者の侵入も、く、黒鉄の街まで逃げてきた召し使いからもたらされたものでして......」

私「戦に兵力を裂き魔王城が手薄になったところを狙うとは人間共め......なんと卑怯な!!」グググ...!!

黒騎士「............ま、魔将軍様......苦し......!!」バタバタ

怒りに我を忘れて手に力を込めていた私は黒騎士の首を絞める形になっていた。

私「くっ......私は、私は信じられぬ!!あの兄上が勇者などに討たれたなど......!!」ドンッ

そう言って突き飛ばすように黒騎士を解放した。
力任せに上半身を押された黒騎士はよろめきながら呼吸を整えた。

黒騎士「がはっ!!......はぁ......はぁ......し、しかし......」ゼェゼェ

私「このことを知る者は!?」

黒騎士「しょ、将軍職の以上の者と現場の兵士と臣下達限られるかと。何分事が事ですので......」

私「ではまだ他の兵士達には伏せておけ!!誤報だとしても兄上が敗れたと知れば士気に多大な影響が出る」

黒騎士「!? まさかこのまま各国との戦をするおつもりですか!?」

私「当たり前だ!!魔王城への強襲が人間側の策略によるものだとしたら我々の動揺を誘い戦を優位に運ぶことが狙いなのは明白だ!!」

黒騎士「ハ、ハッ!!」

私「ではお前は今回の事件の口止めをしろ。それと転移魔法で各戦場の将軍をここに集めろ、至急だ!!」

黒騎士「了解です!!ま、魔将軍様は......?」

私「私は魔王城へ向かい事実の確認を行う」

そう言って私は転移魔法の術式を組んだ。

黒騎士「お待ち下さい!!魔......!!」




278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:31:02.98 ID:hr/uKPTi0

カアアァァァ!!

黒騎士の言葉を最後まで聞かずに私は転移魔法を発動させた。

我が家とも言える魔王城への転移だ。
そう時間がかかるものではない。

しかしその時の私には転移空間での数十秒が途方もなく長く感じた。

不安定な精神状態に起因する魔力の乱れか、それともえも言われぬ焦りと不安によるものか、とにかく私の生涯において最も長く苦痛に感じた跳躍時間であった。

転移空間の中で私の脳内は稚児が玩具を散らかした部屋の様に無秩序に思考が行き交っていた。

あらゆることを考えてはいてもあらゆることが言葉にならない、そんな思考の奔流。

長い長い転移空間を抜け私はやっとのことで魔王城へとたどり着いた。




279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:32:26.86 ID:hr/uKPTi0

私「......なんだこれは......」

城を見て私は思わず呟いた。

そこには昨日私が発った城とはな似ても似つかぬ変わり果てた魔王城の光景が広がっていたからだ。

黒騎士の報告の通り、魔王城は『半壊』そのものだった。

城の東側半分は崩れ去り瓦礫の山となり、外壁が何ヵ所も剥がれところどころ壁に穴が空き階層が崩れている西側は辛うじて城としての体裁を保っているにすぎなかった。

戦神とすら語り継がれる99代目魔王。
その兄上が魔将軍だった頃から幾度となく激戦を繰り広げた相手が99代目の勇者だ。
実際私も何度か奴と剣を交えたことがあり、その強さが兄上と同等のものであるということは身をもって理解している。

私の目の前に広がる凄惨たる光景は両者が本気でぶつかり合ったことを何よりもはっきりと物語っていた。

私は城の......いや、城跡の東側へと駆けた。
宿命の死闘の地へと。




280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:33:15.16 ID:hr/uKPTi0

瓦礫だらけのその場所ではあったが中心地は人智を超えた闘いの影響によって更地と化していた。

その地にはぽつんと一人の女性が佇んでいた。

地面に座り込んだ彼女は、その黒く艶やかな髪により遠くからでも誰だかハッキリと分かった。

王妃様だ。

そして............王妃様の前に横たわる人影が見えた。

鉛のようになった足を動かし、一歩一歩王妃様へと近づいていった。

鼓動の音がやけに大きく、ゆっくり聞こえた。

臓器全てを吐き出してしまいそうな吐き気に襲われた。

目の焦点がどこにもあわず、しかし目の前の光景は鮮明に脳内に流れ込んでいた。




281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:34:12.23 ID:hr/uKPTi0

私「............あ、兄上......」

王妃様の膝に頭を乗せて横たわっていたのは変わり果てた兄上であった。

美しい銀の髪は土と埃に薄汚く汚れ、身体中切り傷と打撲の後が見えた。
愛用の真紅の鎧は見るも無惨なものとなっていた。

勇者の最後の一撃は兄上の心臓を貫いたのだろう。

鎧の左胸は、そこに刻まれた黒の国の紋章ごと砕かれ、胸から溢れ出た血が辺りに大きな血だまりを作り出していた。

王妃様「魔将軍さん............」

二人の前で呆然と立ち尽くす私に王妃様が声をかけてきた。
大きなその両の瞳は泣きはらしたことで赤く染まり、頬には涙の後が浮かんでいた。

王妃様「もうお聞きになったでしょう?......この人は......99代目魔王は勇者との死闘の末、命を落としました......」

王妃様「私達黒の国の民を守るために死んだのです。......本望でしょう......」

王妃様はそう言って兄上髪を優しく撫でた。




282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:35:39.97 ID:hr/uKPTi0

私「............」ドシャッ

その場に私は崩れ落ちた。

信じたくなかった現実、それが目の前に突きつけられ私は立っていることすら出来なかったのだ。

私「............姫君は......?」

まとまらない思考の中で私はなんとか王妃様に姫君の安否を問うた。

王妃様「無事です。負傷した者もいますが私達を含め城にいたものは皆生きております」

私「そう......ですか......」

それきり私は脱け殻の様にそこにへたり込み、ただ兄上の顔を眺めていた。

昼には戦があるのだからその準備に取りかからねばならなかったのだがその時の私の精神状態では戦のことを考えるなど到底不可能であった。

ぼんやりと視界に映る兄上の亡骸。

私の頭の中では走馬灯の様に兄上との記憶が浮かんでは消えてを繰り返していた。

一体どれ程の時間が経ったのだろうか?

私にとっては丸一日にすら感じられた一時であったがおそらく実際には数分程であっただろう。




283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:37:17.82 ID:hr/uKPTi0

王妃様が口を開いた。

王妃様「魔将軍さん......これを......」スッ

私「............」

力ない眼で見やると王妃様の手には一通の封筒が握られていた。

私「............これは?」

王妃様「あの人から、自分にもしものことがあったら弟に渡して欲しい、と預かったものです」

私「兄上からの......!?」

王妃様「えぇ......おそらくその手紙には全ての真実が記されていることでしょう」

私「......真......実?」

王妃様「私がこの場に来てからここに兵士や臣下を近づかせなかったのは貴方にこれを渡すためでした」

私「............」

私は黙って王妃様から手紙を受け取った。

黒の国の紋章による蝋での封は魔王の書簡であることを明示していた。

ゆっくりと震える手で封を開けた。

取り出した羊皮紙には漆黒のインクで見慣れた文字が几帳面に並んでいた。

紛うことなき兄上の字であった。




284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:39:13.88 ID:hr/uKPTi0

【親愛なる我が弟へ】

【お前がこの手紙を読んでいるということは私は勇者に敗れ死んでしまったということなのだろうな。いやはや、『歴代最強の魔王』などと持て囃されているが情けないものだ】

【勇者との決闘において私は全身全霊、私の持てる全てを懸けて闘うだろう。それで負けたのならば武人としては何も悔いることはない。むしろ全力で闘えることが喜ばしいとすら言えよう】

【だが死して心残りがあるとすれば残された民衆と......妻と娘、お前という家族のことだ。父上と母上を早くに亡くし兄弟二人で生きてきたお前には迷惑をかけっぱなしだったが......最後の我が儘ということで妻と娘のことをよろしく頼む】

【......さて、そろそろ本題に入るとしよう。この戦争の真実についてだ。長きに亘る魔族と人間の戦、これには裏がある。私自身その事実を知ったのは約1年前......魔剣と契約を交わした時からだ】

【今から私がここに記すことは残酷な真実だ。今まで実の弟であるお前にすらこのことを伏せてきた。話し出せなくてすまなかったな】

【何から話そうか......。......そうだな、あれはおおよそ4年前、私がまだ魔将軍として戦場を駆けていた頃だ............】




285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:41:18.78 ID:hr/uKPTi0

そこには運命という巨大な悲劇の渦に飲み込まれた兄上の話とこの世界の真実が記されていた。

あまりの内容に私は我が眼を疑い、三度その手紙を読み直した程だ。

私「これが......これが真実だと言うのか!?」グシャッ

怒りに震え私は手にしていた手紙を握り潰した。

私「これでやっと分かった......魔王となってから兄上が聖十字連合との和平に消極的となった訳が......!!」

私「それもその筈だ!!これは......この戦争は人間のエゴがもたらしたものではないか!!!!」

憤慨し理性の飛びかけた私へと王妃様が声をかけた。

王妃様「えぇ......そう言えなくもないでしょうね......」

私「......王妃様も知っていらしたのですね!?」ギリッ

王妃様「はい......あの人から聞かされていました」

私「何故......何故兄上は私にも話して下さらなかったのですか!?」

王妃様「話してどうなると言うのですか?」

私「事情を話してくれさえいれば私でも兄上のお力になれたかも知れないのに!!」

王妃様「あなたに事実を伏せてきたのはあなたを自分と同じように悩ませたくなかったからでしょう......この人の気持ちをどうか分かってあげて下さい......」

私「ぐっ......!!」

王妃様「私達はただこの世界の中で争い合うことしかできないのです......」




286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 04:44:52.24 ID:hr/uKPTi0

私「くそっ............くそおおおぉぉぉぉ!!!!!!」

私は吠えた。

それで何かが変わる訳ではないと分かってはいても、やり場のないその思いを処理することが出来なかった。

私「変えてみせる......変えてみせるぞ!!この世界を!!この私の手で......!!!!」キッ

その後黒の国は三つの戦場での戦に無事勝利することに成功した。

戦の後に発表された99代目魔王死去の知らせは全国民に悲しみの涙を流させ国を挙げての盛大な弔いが行われた。

私は次の魔王になるように周囲から薦められたがそれを断った。

兄上の死からほどなくして姫君に魔王の素質があることが判明した。
流石は兄上の子、彼女の持つ黒の刻印は当時の魔王候補達の誰よりも黒く鮮明なものであった。

斯くして姫君は五歳になる頃には正式に100代目魔王になることが決まった。
軍部も民衆も『99代目魔王の娘』というサラブレッドである新たな魔王を支持した。
もっとも、王妃様は最後まで反対されていたが。

まだ幼い魔王に国事は任せられないので彼女がある程度大きくなるまでは臣下達が魔王の国事を手伝うこととなった。

そして私はあの日以来十七年間、魔将軍として前線に立つと共に軍部を率いている。

兄上の為し得なかった"平和な世界"を目指して。




287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 05:57:30.52 ID:hr/uKPTi0

【Episode05】
――――緑の国・名も無き湖のほとり

勇者「............」

僧侶「............」

魔法使い「............」

武闘家「............」

勇者と魔王の秘密の湖。

勇者達はそこに魔王が来るのを待ち合わせの一時間前から待っていた。

昨日の青の国への奇襲攻撃、その真相を一刻でも早く魔王自身の口から聞きたい。
その思いにより居ても立ってもいられなくなった彼らは時間をもてあますだけだと分かってはいても待ち合わせの湖畔でこうして魔王を待ち続けていたのだ。

四人はあえて何も話さなかった。

何を話しても気持ちが紛れることはないと分かりきっていたからだ。

ただでさえ静かな湖畔は勇者達の沈黙によってより一層の静寂を作り出していた。

美しい小鳥の囀ずりすらこの場では雑音にすらなりかねない、痛々しいまでの静寂。




288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 05:59:34.05 ID:hr/uKPTi0

僧侶(......)

僧侶(『「イツカマタコノ神樹ノ前デ会オウ!!」「エェ!!......私、私ズットズット待ッテルカラ......!!」吹キ荒レル強風ニ負ケヌ様、二人ハ叫ンダ......』)

僧侶(............)

僧侶(『「イツカマタコノ神樹ノ前デ会オウ!!」「エェ!!......私、私ズット......』)

僧侶(..................)

僧侶(『「イツカマタコノ......』)

僧侶(............ダメ、全然頭に入ってこない)ハァ...

ベンチに腰かけていた僧侶はここに来てから27回目のため息を漏らすと、開いていた本を静かに閉じた。

僧侶(さっきから何度も同じところを読んでるし......何より文章が頭の中に入ってこない)

僧侶(魔王ちゃん......一体何があったんだろう......良くないことがあったのは確かなんだろうけど何があったのか私にはさっぱり分からないよ......)ハァ...

僧侶は28回目のため息をつき右側に座る魔法使いをちらりと見た。

彼女は何をするでもなくただ遠くの景色を眺めている。




289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:00:40.50 ID:hr/uKPTi0

魔法使い(政治とか難しいことはよくわかんないけど......奇襲攻撃がよくないことだっていうのはあたしでも分かる)

魔法使い(人間と魔族を仲直りさせようとしてたのに奇襲攻撃なんてしたらまた喧嘩になっちゃうじゃん)

魔法使い(そんな命令をあの魔王がするワケないと思うけど......でも軍事の最終決定権は魔王が持ってるって聞いてるし......)

魔法使い(もー......わかんないことだらけだよ、早く魔王来ないかなぁ......)

無意味に足をばたつかせて魔法使いは背もたれに体を預けた。

何となく空を見上げる。

空は重たい雲により曇っていて青空は見えなかった。

彼女は帽子の中の耳の付け根が痒かったので「こりゃ一雨降るかな」と思った。

そんな彼女達の後ろ、少し離れたところで武闘家が難しい顔で腕組みをしながら立っていた。




290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:03:36.51 ID:hr/uKPTi0

一本の木にもたれかかる体勢で昨日の一件を改めて考えてみた。

武闘家(考えられる中で一番可能性が高いのは......黒の国内部でのクーデター、と言ったところでしょうか)

武闘家(魔王さんの指揮に反感を抱く魔族達の独断による奇襲攻撃......和平を目指す魔王さんが態と人間側との関係を壊すとは考えにくい以上これが一番納得のいく答えですね)

武闘家(......ではもしも魔王さんが人間と魔族の停戦を望んでいなかったとしたら?)

武闘家(最初からそうではなかったしろ、何らかの理由でここ最近心変わりを起こしたのだとしたら?)

武闘家(もしそうだとしたらそれは最悪のケース。魔王さんが人間側との決戦を望んでいるとなれば必然的に僕達も魔王さんと闘うことになる)

武闘家(そうなったら僕はともかく勇者達は本気で魔王さんと闘うなんてできるハズがない......勿論僕も戦いたくはないですが)

武闘家(............ま、推論はあくまで推論の域を出ませんね、彼女の口から真実が語られるのを待つとしますか......)

湖のほとりにしゃがんで拾った石を湖へと投げ込む勇者を見てから武闘家は静かに眼を閉じた。

そして勇者は......。




291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:04:42.41 ID:hr/uKPTi0

勇者(............)

何も考えていなかった。

......いや、"何も考えていなかった"と言うのは語弊があろう。
正確には"何も考えようとしていなかった"が正しい。

昨晩、一晩中今回の騒動について考えていた。

だが答えは出そうになかった。

ただ自分が自信を持って言えるのはあの魔王がこんなこと望んでするハズがないということだけだった。

だから難しく考えるのを止めて時間が来るのを待っていた。

勇者(............)ポイッ

トプン......

投げた小石が湖に波紋を作った。

この一石が先の戦だとしたらこんな風に影響が世界全体に広がっていくのだろうか?

柄にもなくを情緒的にそんなことを考えていた。




292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:05:38.36 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「魔王......来るかな......」

不意に魔法使いが呟いた。

武闘家「......たしかに、来ないということも十分考えられますね」

僧侶「え............もし魔王ちゃんが来なかったら私達どうしたら......」

勇者「............いや、アイツは来るよ」

勇者は何故か自信たっぷりにそう言った。

武闘家「魔王さんを信じたい気持ちは分かりますが根拠がありませんよ」

勇者「根拠ならある」スッ

勇者は懐から懐中時計を取り出して指差した。

勇者「アイツは俺と違って真面目だからな、待ち合わせをすっぽかすような事はしないし1秒だって遅刻したことはない」




293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:06:21.97 ID:hr/uKPTi0

武闘家が「それは理論的な根拠とは言えませんよ」と言おうとしたところで勇者が言った。

勇者「5」

その眼は時計の針をじっと見つめている。
誰もがカウントダウンだと理解した。

勇者「4」

魔法使い「............」

秒針が微かな音を立てて時を刻む。

勇者「3」

武闘家「............」

自然と勇者達にも緊張感が走る。

勇者「2」

僧侶「............」ゴクッ

勇者の声が若干強張る。

勇者「1」




294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:07:18.87 ID:hr/uKPTi0

カアアァァァ......!!

その時青の魔法陣が地面に浮かび上がった。

勇者は武闘家に「な?」と目配せする。
武闘家は何も言わずに頷き返した。

転移魔法の青白い光の中から一人の女性が姿を現した。

長く伸びた黒髪に漆黒のローブ。
その女性は彼らのよく知る100代目魔王その人だった。

僧侶「魔王ちゃんっ!」

勇者(............?)




295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:11:36.14 ID:hr/uKPTi0

勇者はそこに立つ魔王に違和感を覚えた。
姿形は魔王そのものなのに何故か魔王ではない気がした。

魔法使い「魔王っ!」

ベンチから勢い良く立ち上がり魔法使いは魔王へと駆けて行く。

魔法使い「一体何があったの?みんな心配してたんだから!!」

魔法使いの問いに魔王は静かに微笑み、抑揚の無い殺伐とした声で返した。

魔王「......そうか、それはすまなかったな」

まず勇者が魔王の違和感の正体に気付いた。

厳かな物言いに『魔王様口調』。
あれは魔族の王としての魔王の姿だ。
俺達の友人としての魔王の姿でじゃない。

それとほぼ同時に武闘家が魔王の異変を感じとる。
圧し殺した冷たい悪意ある気配。

戦場で何度も感じたことがある。

これは............。




296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:12:01.94 ID:hr/uKPTi0

武闘家が魔王に感じた気配の答えに行き着こうとした時、僧侶と魔法使いも脳内に疑問符が浮かんだところであった。

僧侶(............?)

魔法使い「魔王......?」

武闘家「いけない!!離れて、魔法使いさん!!!!」

魔法使い「......へ?」

魔王「............」ビュッ

ドゴッ!!!!




297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:12:49.70 ID:hr/uKPTi0

魔王の左拳が無防備な魔法使いの鳩尾へと放たれた。

魔法使い「ぁ......う......」

魔法使いは自身の身に何が起こったのか分からなかった。

腹部への激痛。

それに伴う呼吸困難。

そして魔王の拳の感触。

消えかかる意識の中でどうにか状況を理解する。

魔法使い「魔王......ど、どう......して......?」ドサッ

瞳を潤ませそう言うと魔法使いは力無くその場に倒れた。

魔王「............」

自らの足下に無惨に横たわる魔法使いを暗い瞳で一瞥する魔王。




298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:20:29.32 ID:hr/uKPTi0

僧侶「え......え?魔王ちゃん?魔法使いちゃん......?」

突然の出来事に僧侶は混乱していた。

目の前で友人がいきなりもう一人の友人を殴ったのだ。
冷静でいろと言う方が難しい。

魔王は魔法使いへと向けていた視線をゆっくりと僧侶へと移す。

魔王「............」ギンッ

僧侶「!?」ビクッ

魔王の鋭い眼光に僧侶は後退る。

魔王「............」ドンッ!!

魔王は地を蹴り僧侶との間合いを一気に詰めた。

ビュッ!!

指を伸ばした右手を振りかぶり、僧侶目がけて鋭い貫手を繰り出す。

僧侶「............!!」ギュッ

魔王の速攻に防御姿勢をとることすらできなかった僧侶は思わず眼を瞑った。

ガッ!!




299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:21:36.94 ID:hr/uKPTi0

閉ざされた視界において僧侶は自身を襲うであろう強烈な痛みに備えていた。

だが数瞬経っても何も起こらない。

恐る恐る眼を開ける。

武闘家「............」ググッ

開けた視界に飛び込んで来た光景は魔王の貫手を受け止める武闘家の姿であった。

僧侶「ぶ、武闘家君!!」

魔王「ほぅ......やはり貴様が最初に動いたか」

魔王は表情一つ変えずに重々しい声で言った。

魔王「不意打ちをかければ2人ぐらいなら労することなく落とせると踏んでいたのだが......貴様の反応は私の想像以上だ」

武闘家「一体どういうつもりなんですか!?魔王さん!!」ギュッ

魔王の右手を掴んでいた彼の右手に力がこもる。

魔王「どうもこうもない。貴様が考えている通りだ」




300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:22:24.75 ID:hr/uKPTi0

魔王「私は人間達と闘うことに決めた。貴様達を襲うのはその宣戦布告の様なものだ」

僧侶「!?」

武闘家「............それは何故かと聞いているんです!!」

僧侶は武闘家が怒鳴る様を久しぶりに見た。
彼がこんな風に声を荒らげるのは彼女の記憶の中では二回目、初めて勇者達とパーティを組んだ時に遭難者を助けに吹雪の中へ飛び出そうとした勇者を止めようとした時以来だ。

武闘家は決して怒りによって感情的になる人間ではないと僧侶は理解している。

だからこの叫びも魔王への怒りではなく魔王を心配するが故のものだと分かった。

だが魔王は冷たく言い放つ。

魔王「何故......だと?」

魔王「貴様ら人間は私の父を殺した。多くの魔族達もだ」

魔王「99代目魔王の娘にして100代目の魔王たる私が人間達と闘う理由などそれで十分であろう」

武闘家「ふざけないで下さい!!」




301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:23:24.59 ID:hr/uKPTi0

武闘家「だったら今までどうし......ッ!?」サッ

ビュッ!!

魔王の下段蹴りを咄嗟に距離をとって躱す武闘家。

魔王の蹴りは空を切った。

武闘家「......もう僕達には何も話すことはないってことですか」

魔王「そうとってもらって構わん」

武闘家「貴女が何を考えているのかは分かりませんが僕達もただ黙ってやられるわけにはいきません」スッ...

武闘家が半身で構える。

それと同時に彼を中心に三つの魔法陣が地に浮かび黄色の光で彼を包む。

魔王「魔拳闘士......か。厄介な力だ」

魔王「私も少しだけ本気でやらせてもらうとするか」ガッ

バサッ

魔王はそう言って漆黒のローブを脱ぎ捨てた。




302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:24:13.66 ID:hr/uKPTi0

真紅の鎧に身を包んだ魔王が姿を現す。

血の様に鮮やかな、それでいてどこか不気味な、吸い込まれそうな魅力すら感じさせるその真紅の鎧は魔王が戦場に立つ時に身につけるものである。

そして腰にはただならぬ気配を放つ剣が差されている。

武闘家「!!」

武闘家はその剣の正体を直感的に理解した。

武闘家「魔剣......!?」

魔王「その通りだ。魔剣と契約した私はもはやそこらの魔族など比べ物にならぬ力を手にした」

魔王「貴様がいくら人間の中でも指折りの実力者と言えど果たしてどれほどもつだろうな......?」

武闘家「くっ............」

魔王「さぁ、"魔剣"と"魔拳"の闘いと行こうではないか!!」ドンッ!!

武闘家「その冗談......全く笑えませんよ!!」ドンッ!!




303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:24:50.35 ID:hr/uKPTi0

両者は急速接近し互いの間合いへと入った。

先手は武闘家。
上段の廻し蹴りを魔王の側頭部へ向けて放つ。

魔王は身を屈め難なくそれをかわす。

だが武闘家は上段廻し蹴りを放つ前からその動きを読んでいる。

右足の蹴りの勢いをそのままに体を回転させると左足による踵からの胴廻し蹴りへと繋げた。

先程の上段蹴りを屈んで避けた魔王の重心は通常よりも下がっていたために、その状態から瞬時に回避行動に移ることは不可能。

ガッ!!

左手に付けた籠手によって武闘家の二撃目を受けた。




304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:25:41.70 ID:hr/uKPTi0

武闘家「ハァッ!!」

カアァッ!!

魔王「!!」

武闘家の左足、魔王の籠手と接した部分に赤の魔法陣が展開された。

武闘家『重撃魔法陣・れ......』

魔王『三連氷撃魔法陣・冷』!!

武闘家の魔力の流れをいち早く感じ取った魔王は、武闘家が重撃魔法を発動させるより速く、空いている右手で攻撃と防御を兼ねるべく氷撃魔法を放った。

カアァッ!!

武闘家「くっ!!」サッ

ヒュンヒュンヒュンッ!!

自身に向けて放たれた三本の氷の刃を武闘家は身を反らしてなんとか避けた。

回避に意識を向けたため、魔法発動のために行っていた魔力の集中はそこで一旦途切れる。




305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:26:25.84 ID:hr/uKPTi0

武闘家が氷の刃を避け切り次の行動のために体勢を整えようとした時、左半身への殺気を感じた。
無意識の内に左手を上げ頭部を防御する構えをとった直後、彼の左手に重たい衝撃が伝わり体ごと吹き飛ばされた。

武闘家「......ッ!!」バッ

クルクルッスタッ

攻撃を受け吹き飛ばされながらも驚異的なバランス感覚によりなんとか足から地面へと着地することに成功。

左手の痛みに耐えながら魔王を見やると、彼女は右足を上げ、片足で立っている状態だった。

その状況から先程の衝撃は氷撃魔法で隙を作ったところへ放たれた上段の蹴りによるものだったのだと理解した。




306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:27:49.94 ID:hr/uKPTi0

魔王「ほぅ......これは驚いた」

ゆっくりとした口調で魔王が言う。

魔王「本来魔法陣は術者を中心とする地面、術者の手先、或いはその延長である武器の先へ展開するもの。それを足先から展開するとは......器用なことをするものだ」

魔王「それに私の蹴りを防いだその反応速度。どうやら貴様は頭の切れだけでなく実力も私の予想の上を行くようだな」

武闘家「お褒めに与り光栄ですよ。............でも貴女の実力も僕の想像の遥か上の様です」

大粒の汗が一粒頬を伝うのを感じつつ、武闘家は自身と魔王との間にある歴然とした力の差を分析していた。

武闘家(今の攻防での氷撃魔法陣の展開......僕の方が先に魔法陣の術式を組んでいたのに魔王さんの方が速く魔法の発動に成功している)

武闘家(ただの魔法ならともかく連撃魔法の展開をあの速度で行うなんて......魔王さんの持つ魔力の量と魔法的センスは桁違いということですね)

武闘家(それにさっきの蹴り......肉体強化魔法で防御力を上げてるのにまだこんなに痛む......)ジンジン

左手にいまだ残る鈍い痛みを感じながら武闘家は再び構えをとった。
左手を軽く握ったり開いたりしてみたが問題はなかったためどうやら骨は折れてはいないようだ。




307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:29:04.76 ID:hr/uKPTi0

魔王「私もお褒めに与り光栄だよ、武闘家!!」ドンッ!!

ビュッ!!

バッ!!

武闘家「くっ......!!」バッ

サッ!!

ガッ!!

襲い来る魔王の猛攻。

鋭い突きを、重い蹴りを、武闘家はなんとか避け、防ぐのがやっとだった。

凄まじい速さによって繰り出されるその連続攻撃の最中ではとてもではないが攻撃に意識を割くことなどできない。
致命傷を受けないために全集中力を研ぎ澄まし躱し、防ぎ、いなした。

魔王「どうした武闘家、防戦一方ではないか!!」

ビュバッ!!

武闘家「生憎今週は『いのちだいじに』強化週間なので......っと!!」サッ

ピッ

魔王の裏拳が武闘家の鼻先をかすめた。
下らない冗談など言わなければ良かったと武闘家は本気で後悔した。




308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:30:25.46 ID:hr/uKPTi0

魔王「私を殺す気で全力かかってこい。でなければ死ぬのは貴様なのだぞ?」

武闘家「何を言ってるんですか!!僕は......」

魔王「『僕は全力で闘っています』か?」

魔王「だとしたら先程の重撃魔法......なぜ『礫』を放とうとしたのだ?」

武闘家「......!!」ハッ

魔王の言う通り先程の攻防で武闘家が左足から展開しようとした重撃魔法陣は『礫』、中級重撃魔法に属するものであった。
武闘家は上級重撃魔法陣『砕』だけでなく最上級重撃魔法陣『崩』をも習得している。
上位の魔法陣になるにつれ威力が大きくなるため発動に要する時間や魔力も必然的に大きくなる。
それを考慮すれば発動時間の比較的短い中級魔法陣を先の攻防において発動させたのは決して戦略的には間違いではない。

だが武闘家はそこまで考えず、ほぼ無意識の内に、迷い無く中級魔法を使うことを選択した。

魔王「発動時間こそやや遅くなるもののダメージを期待するのであれば『砕』を放つというのも手であった筈だ。もし私が貴様の立場ならば上級魔法で攻撃していただろうな」

魔王「だが貴様はそうしなかった。......聡明な貴様のことだ、この事実が意味するところを既に理解したであろう?」

武闘家「............」




309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:31:59.90 ID:hr/uKPTi0

魔王の言葉を受け武闘家は冷静に事実を受け止めた。

『無意識の内に手加減してしまっている』

いや、"手加減"というものは実力が上の者が下の者に対し行うもの。

『本気で闘えていない』が正しい表現になるのだろう。

中級魔法による攻撃は必要以上に魔王を傷付けないため。

まるで勇者との組手の時のように自然に、武術大会に参加した時のように当たり前に、武闘家は相手を傷つけ過ぎない攻撃を選択していた。

もし相手が今まで任務で出会った魔物や極悪人ならばこんな攻撃はしない。

二撃目の蹴りは何の躊躇いもなく上級魔法陣を展開していたに違いない。

そもそも戦闘開始直後に発動させた三種の肉体強化魔法は単発魔法陣展開ではなく多重魔法陣展開をしていただろう。

魔王がこの場に現れる前、武闘家は魔王と闘うことになったならば自分はともかく勇者達は魔王と本気で闘うことなどできない、と考えていた。
これは裏を返せば魔王との闘いにおいて、本気で闘うことのできる自分が重要な役割を担うことになるだろう、ということだ。

だが実際魔王と対峙し、闘ってみて気づいた。

気づかされてしまった。

自分も魔王と本気で闘うことができないということに。

それがどんな理由であれ自分も心の奥深くでは魔王との争いなど望んでいない、と。

身体は精神より正直だ。

一連の攻防による自分自身の無意識の行動がそれを明白に語っていた。




310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:32:34.94 ID:hr/uKPTi0

武闘家「............」

魔王「貴様にその気が無くとも私はお前達が相手だからと言って手加減などせぬぞ」

フッ!!

武闘家「!!」

突如武闘家の視界から消えた魔王。

背後に気配と殺気を感じた武闘家は考えるより先に振り向き、両腕を身体の前で交差させ防御の体勢をとる。

ドゴッ!!

そこへ放たれた魔王の右膝蹴り。

武闘家「ぐっ......!!」

一瞬でも反応が遅れていたならば背中にまともに攻撃を食らっていただろう。

カアアァァァッ!!

だが魔王の攻撃はそれで終わりではなかった。




311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:33:26.38 ID:hr/uKPTi0

武闘家「これは......!?」

魔王『重撃魔法陣・砕』!!

ドガアッ!!

武闘家「ぐあっ!!」

ドッ!!

ゴロゴロゴロッ!!

魔王の"右膝"から放たれた重撃魔法により武闘家の身体はまたも吹き飛ばされた。

今度は先程の様に体勢を整えることは叶わず無惨に地面を何度も転がった。

武闘家「ぐ......ぅ......!!」ヨロッ

地面に打ちつけられた背中や転がった時に石にぶつけた頭や肩の痛みよりも両腕の痛みの方が遥かに強烈だった。
至近距離で上級魔法を食らったのだからその痛みは当然のものである。

武闘家(まさか魔拳闘士としての魔法陣展開の術を一度見ただけで使いこなすとは......)ハァ...ハァ...

荒い息使いで両腕の激しい痛みに耐えながらなんとか立ち上がる。




312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:34:35.91 ID:hr/uKPTi0

カアアァァァッ!!

が、魔王は既に武闘家との距離を詰め、前へと向けた両手の先に赤く輝く魔法陣を展開していた。

武闘家「!!」

武闘家(まずい!!急いで回避を......!!)グッ

魔王「......仲間を見捨てて避けるつもりか?」

武闘家「!?」バッ

魔王の言葉に振り向くと、魔王と武闘家を結ぶ丁度直線上、先刻魔王に倒され気絶した魔法使いが横たわっているのが見えた。

ここで武闘家が魔王の魔法を避ければ魔王が放つ魔法は彼女に直撃、確実に魔法使いが瀕死のダメージを受ける。

武闘家「............汚いですよ............」

魔王『爆撃魔法陣・滅』!!

ドガアアアアァァァァン!!




313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:35:43.75 ID:hr/uKPTi0

ただでさえ小さかった武闘家のその言葉は最上級爆撃魔法の轟音によってかき消された。
強烈な爆発は周囲の大気を震わせるだけにとどまらずかつて勇者がこの湖へと備え付けた質素なベンチと机をも破壊した。
いつもなら波一つない静かな湖面も大きく波打つ。

モクモクモクモク......

武闘家「う......ぐぅ......」ゼェ...ゼェ...

身を呈して魔法使いを爆撃魔法から守った武闘家であったが既に満身創痍、立っているのがやっとという状態であった。

先の爆撃魔法を防いだために両腕は完全に使い物にならなくなっている。
皮は焼け骨は砕けているがもはや痛みすら感じなかった。

周囲が曇ってよく見えないのは爆撃魔法による爆煙だけが原因ではなく武闘家自身の視界がぼやけているせいであろう。

武闘家(ま......魔王さんは......?)

ドッ!!

武闘家「がっ!!」

立ち込める爆煙の中、必死に魔王を探していた武闘家の首筋に衝撃が走った。

魔王「............」

武闘家「」ドサッ

それが魔王による頸への手刀だと分かった時には既に武闘家は地に墜ちていた。




314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:36:41.14 ID:hr/uKPTi0

武闘家の意識を断った魔王は悠々と爆煙の中から出てきた。

涙を流しながら地べたにへたり込む僧侶を魔王は冷ややかな眼で見つめる。

僧侶「ねぇ......嘘でしょ?」ポロポロ

真っ赤になった眼から涙を流して僧侶は魔王に訴えかける。

僧侶「きっとドッキリか何かなんでしょ?魔王ちゃん」グスッ

魔王「............」

僧侶「魔法使いちゃんも武闘家君もスッと起き上がって『ドッキリでしたー』とか言って笑うんでしょ?」

魔王「............」

僧侶「魔法使いちゃんあたりが企画立案担当の笑えないお芝居............そうだよね?」

魔王「............」

僧侶「そうだと言ってよ!!魔王ちゃん!!!!」

魔王「............」

魔王は何も言わなかった。

その沈黙が何よりも答えになると魔王は分かっていた。

そしてその沈黙が魔王の答えなのだと僧侶は分かっていた。




315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:37:35.35 ID:hr/uKPTi0

僧侶「..................」グスヒッグ

僧侶「私......私やだよ!!」

僧侶「なんで私達が闘わなくちゃならないの!?私達友達でしょ!?」

僧侶「人間と魔族だけど......出会ってから時間はあんまり経ってないけど......私達仲良くなれたと思ってたのに!!」

僧侶「なのに......なんでなの......?」

僧侶「人間と魔族の垣根を超えて......私達なら手を取り合っていけるって......」

僧侶「私達なら平和への架け橋になれるって......」

僧侶「勇者君に紹介されて魔王ちゃんと出会った日からずっと......ずっとずっとそう思ってたのに!!」

僧侶は睨むような、悲しむような、言葉にし難い眼差しで魔王を見つめた。

その瞳には怒りと哀しみと困惑と優しさと......今の僧侶の複雑な感情の全てが写し出されている。




316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:38:28.86 ID:hr/uKPTi0

魔王「............貴様はやはり優しいのだな、僧侶」

僧侶「............」グスッ

魔王「だがな、これだけは覚えておけ」

魔王「優しさだけでは何一つ守ることはできない、と」スッ

魔王はゆっくりと右手を僧侶へ向けてかざした。

僧侶はそれだけで自身にこれから何が起こるのか、魔王がこれから何をするつもりなのか分かった。

だが僧侶は何もしなかった。

何もすることができなかった。

何をする気にもなれなかった。

『......裏切られた......?』

その言葉が何度も何度も彼女の脳裏に浮かんでは消える。

信じていたのに。

友達になれたと思っていたのに。

人間と魔族は分かり合えないの?

うぅん、そんなことないよ。

魔王ちゃん、一体どうしちゃったの?

何かあったなら相談してよ。

私達友達でしょ?

それとも友達になんて最初からなれてなかったの......?

僧侶「......魔王ちゃん......」




317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:39:24.16 ID:hr/uKPTi0

カアアァァァッ!!

魔王『......二重炎撃魔法陣・獄』

儚く柔らかい僧侶の声とは対照的に、鋭く固い声で魔王が言った。

ゴオオオオオォォォォォッ!!

魔法陣より灼熱の炎が僧侶目がけて放たれる。

防壁魔法を発動させるでもなく僧侶は赤熱の火炎に飲み込まれた。

膨大な魔力を持つ魔王の放った最上級炎撃魔法の火力は凄まじく、湖畔の周囲の木々をも焼き払った。
もはやこの場所は勇者と魔王が静かな時を過した湖畔ではなくなっていた。

パチパチ......

メラメラ......




318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:40:04.79 ID:hr/uKPTi0

魔王「......やっとか」

自らの放った炎撃魔法によって焼ける森を見ながら魔王は呟いた。

魔王「お前が一番反応が遅れるだろうとは思っていた......だがここまで長い時間動けないで固まっているとはな」

魔王「お前の心はそんなにも脆いものなのか?」

そして魔王は背後を振り向き僧侶を抱き抱える一人の少年を見て冷たい声で言った。

魔王「なぁ?......勇者よ」

勇者「..................」

僧侶「勇者君......」




319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:40:46.03 ID:hr/uKPTi0

炎撃魔法の火炎に包まれたかに思われた僧侶であったが間一髪のところで勇者に救われていた。

瞬速の転移魔法によって僧侶を救出した勇者は魔王の後ろへと回り込んでいたのだ。

魔法使いが魔王に殴られた時も、僧侶が魔王に襲われた時も、武闘家が魔王と闘っていた時も、勇者はただ焦点の定まらない視界で魔王と仲間達をぼんやりと眺め固まっていることしかできなかった。

それほどまでに魔王の行動は勇者にとって信じられないものだったのだ。

目の前の光景を何度夢だと思ったことだろう。

何度幻だと思ったことだろう。

だがしかし現実感の無い現実を勇者は受け入れるしかなかった。

胸中を満たした疑問と怒りによって勇者はようやく身体を動かすに至ったのだ。




320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:42:48.30 ID:hr/uKPTi0

勇者「............僧侶、武闘家と魔法使いの治療を頼む」チラッ

倒れている二人を一瞥して勇者は言った。

魔法使いは腹部への打撃により気を失っているがただの気絶にしては顔色が悪い。

もしかしたら内臓を痛めているのかもしれない。

武闘家は頸への手刀で気を失ったのだから身体の内部へのダメージはさほど大きくはない。

だがその両腕は傍目にも痛々しく焼け焦がれている。

勇者「............頼んだぞ」

僧侶「......う、うん」

勇者のいつになく重たい声を聞き僧侶はその指示を承諾した。
仲間へ向けての言葉であったにもかかわらずその声色は威圧的で有無を言わさぬ感じがした。

僧侶(勇者君のこんな声初めて聞いた......)

勇者の腕から下ろされると僧侶はより重傷だと思われる武闘家の元へと駆けていく。

それを脇目に見送ると勇者は腰に差している愛剣を抜いた。




321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:43:33.28 ID:hr/uKPTi0

勇者「魔王......一体何のつもりだ?」チャキッ

魔王「"何のつもり"......とは?」

魔王「先程武闘家に言ったであろう。私は人間達と戦うことに決めたのだ、決別の意を表すためにこうして貴様達を襲っている」

魔王「何かおかしいところがあるか?」

勇者「大ありだ!!!!!!」

腹の底に溜まった憤りをぶちまけるように勇者は怒鳴った。

勇者「俺の知ってる100代目魔王は争いなんて好き好んでするような奴じゃなかった」

勇者「誰かが傷つけばそれが人間でも魔族でも心を痛めるような優しい奴なんだよ」

勇者「そんな奴が......どうして表情一つ変えずに躊躇いもしないで友達を傷つけることができるっていうんだよ!!」

勇者「お前僧侶と魔法使いと武闘家と友達になれてあんなに嬉しそうだったじゃねぇかよ!!」

勇者「魔王......どうしてこんなことするんだよ、何があったっていうんだよ......!!」

魔王「..................」




322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:44:15.24 ID:hr/uKPTi0

魔王は黙って勇者を見つめていた。

勇者も黙って魔王を見つめていた。

今にも泣き出しそうな空の下、薄暗い緑の国のその地で勇者と魔王はこうして対峙している。
木々を燃やし赤々と燃える炎が二人を照らし、その顔の陰影をより際立たせていた。

そして魔王はここで初めて表情を変える。

魔王「......お前は何も知らないから......」ギリッ

勇者「......!?」

だが苦渋と怒りと悲しみの混ざり合ったその表情は一瞬魔王の顔に現れるとすぐに姿を消した。

勇者「どういうことだよ......!?」




323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:45:38.36 ID:hr/uKPTi0

魔王「............何も知らないから何も知らないと言ったまでだ」ドンッ!!

大地を蹴り爆発的な加速で勇者目掛けて魔王は跳んだ。

しかし魔王の拳が勇者に触れようとした時には勇者はその場所には既にいなかった。
壊れたベンチの隣へと転移魔法によって移動した後だったのだ。

魔王「"瞬天"の二つ名は伊達ではないな......!!」ズザー!!

勇者「魔王!!『何も知らない』ってなんだよ!!やっぱり何かあったんだよな!?」

魔王「......真実は自分で知るがいい......」チャキッ

魔王は腰に差す魔剣を抜いた。

勇者「どういう......」

カアアアァァァッ!!

勇者「!?」

魔王『裏魔法陣・亜音』!!

地面に展開された黒い魔法陣から発せられた光が魔王の身体を包み込んだ。




324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:48:52.45 ID:hr/uKPTi0

『裏魔法陣』とは術者が魔法陣展開に改良・改善を加えて産み出した創作魔法の総称である。

通常の魔法は『大魔教典』と呼ばれる何編にも渡る分厚い本にその基礎理論や術式の組み方が記されている。
数百にも及ぶ魔法には型やある程度の威力が決まっている。

これは術者の実力によって魔法の規模こそ違えど発動する魔法の性質そのものが変化することはない。

例えば魔法使いが好んで使う上級炎撃魔法陣『灼』は火球を放つ魔法、先ほど魔王が武闘家に放った上級氷撃魔法『冷』は氷でできた刃を飛ばす魔法、というようにである。

『裏魔法陣』と称される魔法達は術者の創作魔法陣であるが故に大魔教典にも載っていない。
自分自身の手により幾多の術式を組み合わせ新しい魔法陣の術式を造り出すことは相当難易度の高い所業である。
生涯で三つも裏魔法を産み出せば必ず教科書に名前が載る。
だがその難易度故に裏魔法陣は通常魔法とは一線を隠す威力か効果がある。

いわゆる奥の手や必殺技というものだろうか。




325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:54:42.18 ID:hr/uKPTi0

魔王「............」ゴゴゴゴ...

勇者「お前......その魔法......」

勇者は裏魔法陣『亜音』の効果を知っていた。

肉体の感覚神経、運動神経を限界以上に強化することで神速の動きを可能にする魔法である。

『亜音』は代々の勇者と魔王のみが使える肉体強化の裏魔法として人々に知られている。

魔王「魔剣の加護を受けた今、この程度出来て当然だ」

勇者「本気で俺と闘うつもりってことかよ......!!」

魔王「その質問も今更だな......仲間達が襲われる姿を見てまだそんなことを言うのか?」

勇者「............!!」

魔王「なによりこの魔法を使ったことが答えにはならんか?」

勇者「待てよ魔王!!まだ話しは終わって......!!」

魔王「ゆくぞ!!」フッ!!

勇者「チッ......!!」フッ!!




326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:55:54.95 ID:hr/uKPTi0

ガキィン!!

キィン!!

ガキン!!

キキィン!!

キーン!!

共に神速の移動術を体得した二人の闘いはもはや常人には音しか聞き取ることのできない別次元の攻防であった。

肉体強化魔法によって尋常ならざる速度の動きで勇者を襲う魔王。
彼女の攻撃を勇者は瞬天と称される速度により即座に、あらゆる場所へと空間転移を行い避け、受ける。
反応速度を極限以上に研ぎ澄ました魔王はその勇者の動きにすら反応し追撃を図る。
勇者はそれを防ぐ。
ただひたすらにその繰り返しであった。

僧侶(......なんて闘いなの......)ゴクッ

武闘家の傷を回復魔法で癒しながら勇者と魔王の闘いを見守る僧侶は息を呑んだ。

100代目勇者一行の一人である彼女は仲間と共に数々の戦場を駆け、任務で凶悪凶暴な魔物と幾度となく闘ったことがある。
戦闘担当ではないにせよそれなりに死線をくぐってきたと言える。

だがその僧侶にとってすら目の前で繰り広げられる闘いはまるでついていけないものだった。

時折魔王の攻撃を受ける勇者の姿が微かに見えるだけでその攻防のほとんどを捉えることができない。

それでも勇者が攻めにいってないことだけは理解できた。

この後に及んでもやはり勇者は魔王を傷つける気はなく、闘うことを拒否しているのだ。




327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:57:14.85 ID:hr/uKPTi0

キィン!!

ガキィン!!

勇者「どんな理由があるのか知らねぇけど俺はお前と闘うつもりなんてない!!」フッ!!

魔王「............」フッ!!

キン!!

キキン!!

ガキィーーーン!!

勇者「ぐっ......!!」グググッ

魔王「......貴様は......いや、私達は甘かったのだ、勇者」グググッ

勇者「......何?」

魔王「魔族と人間の和平......そんなものは最初から実現できる筈もなかったのだよ」

魔王「魔族と人間が争うことのない平和な世界など夢見がちな子供の馬鹿な妄想に過ぎなかったのだ」

魔王「私達は未来永劫争い続けることしかできない哀れな生き物だということだ」

勇者「何言ってんだよ!!俺達が友達になれたんだ!!だから他の人間と魔族だって分かり合えるハズだろ......!?」

魔王「......その考えが甘いと言っているのだ!!」ビュッ!!

勇者「ッ!!」サッ

ガキィン!!!!

ヒュンヒュンヒュン......

魔王の横薙ぎを剣で受けた勇者であったがその凄まじい剣圧に耐えきれずに剣を弾き飛ばされてしまった。




328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:58:40.42 ID:hr/uKPTi0

勇者「ッ......この!!」サッ

魔王「!?」

勇者に手をかざされた瞬間魔王の視界には木々に縁取られた灰色の空が映った。
続いて背中に衝撃が走ったかと思うと目の前に勇者が現れ胸ぐらを掴んでいた。

魔王「......転移魔法の応用でこんな芸当までしてみせるとはな」

魔王は瞬時に自分の身に起きたことを察した。

勇者の転移魔法によって仰向けになる形で空中へと空間転移され、次いで勇者が転移して胸ぐらを掴んできたということだ。

勇者「魔王!!もういい加減にしろよ!!」グッ

勇者は魔王を地面に押し倒し、両の手に力を込めて叫んだ。
堅く握った両手は込められた力により小刻みに震えている。

魔王「......あの時に似ているな」

勇者「......!!......そうだな」

魔王の言う"あの時"がいつのどの出来事を指すものなのか勇者にはすぐに分かった。

緑の国で魔王と初めてあった時のことだ。

あの時勇者は魔王に馬乗りになって彼女を殴ろうとしていた。

魔王「結局お前はあの時私に手を出さなかったな」

勇者「それはお前だって同じじゃねぇかよ」

魔王「......そうだったな」




329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 06:59:16.25 ID:hr/uKPTi0

ドスッ......

魔王「......だがあの時とはもう違うのだ......もう戻れない......」

勇者「............!?」

勇者の左脇腹に焼ける様な強烈な激痛が走った。

その痛みを感じても勇者は自身の身に何が起きたのか分からなかった。

ゆっくりと視線を痛みの先へと向ける。

魔王の右手に握られた魔剣が勇者の腹部を貫き、傷口からは噴き出す様に血が流れ出ていた。

その鮮血を見て尚、それが自分の血なのだと理解するのに数秒かかったほどだ。

勇者「がふっ............!!」ビチャッ

僧侶「勇者君ーーーー!!!!」

そう遠くにいるわけではない僧侶の声が遥か遠くから聞こえる。




330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:00:58.38 ID:hr/uKPTi0

魔王「............邪魔だ」

ドガッ!!

勇者「ぐあああぁぁぁぁ!!」ドサッ

魔王は勇者を蹴り飛ばし立ち上がった。
美しい顔も鎧も勇者の返り血で紅く汚れている。

勇者「ま......魔王............」

既に勇者は痛みを感じていなかった。
感じられる痛みの許容量を超え、脳が痛覚を遮断していたのだ。

だが流れ出る血に比例する様に自分の力が抜けていくことは感じていた。

今にも消えてしまいそうな意識をなんとか意思の力でつなぎ止める。

魔王「まだ喋れるだけの力があったか」

勇者「どうしても............どうしても戦うってのかよ......」

魔王「だから何度もそう言っておるだろう......理解力に欠けるなどという話ではないな」フゥ...

魔王「......ならば私も何度でも言おう」

魔王「魔族と人の和解、和平の実現など不可能だ。幼き日に私達が夢見た世界は所詮夢の世界でしかない」

魔王「私は100代目魔王として民の前に立ち人間達と戦う。例えお前達が立ちはだかろうともその意志は変わらない」

勇者「............」ギリッ

勇者はもはやこの現実を受け入れるしかなかった。

......悪い夢なんかじゃない、魔王は本気で人間と戦うつもりなんだ......。




331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:01:36.39 ID:hr/uKPTi0

勇者「これだけは......聞かせてくれ......」

魔王「......なんだ?」

勇者「俺は......俺達はお前と友達になれたって......分かり合えたって思ってた......」

勇者「俺は勿論......僧侶......魔法使い......武闘家......みんなお前のことを......大事な......大事な友達だと思ってる......」

勇者「......お前に何が......あったのか......知らねぇけど......」

勇者「人間と戦うって決めた今じゃ......俺達は......お前にとってもう友達じゃないのか......?」

勇者「......ただの倒すべき敵なのかよ......?」

魔王「............」

血溜まりにうつ伏せで倒れる勇者へと魔王はゆっくりと近づいていった。

魔王は勇者の目の前まで来ると左手の人差し指に長い黒髪を絡め、右手に握った剣の切っ先で勇者の顎を軽く上げ、冷酷な眼差しで勇者を見下し言った




332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:03:19.31 ID:hr/uKPTi0

魔王「あぁ、お前達はもはや私にとってただの敵、数ある障害の1つにすぎない」

勇者「............!!」

魔王「お前と過ごした10年も、お前の仲間達と過ごした3ヶ月も、私の人生にとっては無価値な唾棄すべき時でしかなかったよ」

魔王「だからお前達と違って私はお前達と闘うことになんの躊躇いもなければ迷いもない」

魔王「......いや、むしろこの私に下らん馴れ合いをさせたことに憤りすら感じているからな、喜んで闘い首をはねたいくらいだ」フフッ

勇者「お......お前............」

魔王「1週間後だ」

勇者「............?」

魔王「1週間後、黒の国は緑の国に対し大規模な侵攻作戦を行う」

勇者「............!!!!」

緑の国への侵攻、これが何を意味するか勇者は十分分かっている。

人間と魔族の戦争が始まって以来、中立を貫いてきた緑の国。
戦場とすることを禁じられているその国へ攻め入れば国際批判は免れない。

何より聖十字連合と黒の国――――人と魔族の間には計り知れない溝ができることになるだろう。

そうなっては両種族の関係の修復はできず和平の実現は到底不可能になる。

魔王「分かったら大勇者に伝えろ、『止めたければ魔王城まで来い、父の仇は私がこの手でとる』と」

勇者「ぐ............」




333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:05:06.21 ID:hr/uKPTi0

魔王「............そうだな、お前達にもチャンスをやろう」スッ

トスッ

魔王は懐から円盤状の魔法具を取り出し勇者の目の前に落とした。
地面に刺さった魔法具は鈍く光っている。

勇者「......これ......は......?」

魔王「......その魔法具には黒の国の魔王城の魔力座標が記録されている」

魔王「魔法具に記録された魔力座標を元に転移すれば魔王城に来たことがなくとも跳躍が可能だ」

魔王「もしお前が私を止めようと思うのならその魔法具で魔王城に来い。そして私と闘え、100代目勇者よ」

勇者「............」

魔王「......もっとも聖剣の加護を受けていない今のお前などでは話にならん」

魔王「次に会う時、私は全力でお前達と闘う。覚悟ができたならお前も聖剣をその手に携え真の勇者として魔王城を訪れるが良い」ザッ

カアアァァッ!!

それだけ言うと魔王は勇者に背を向け足元に転移魔法陣を展開した。
青白い光が彼女を包んでいく。




334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:05:52.38 ID:hr/uKPTi0

勇者「ま......まおう............」

薄れゆく意識の中、勇者は最後の力を振り絞り魔王の名を叫んだ。

しかし彼の口から出た声は叫びとは言い難いかすれた小さな声でしかなかった。

それでも勇者の声はたしかに魔王には聞こえていた筈である。

魔王「............」

だが魔王は振り向くことなく転移魔法の光の中に消えていった。

勇者「......ま......お............」ガクッ

既に魔王の去った誰もいない空間を見たのを最後に勇者は意識を失った。

降りだした雨粒の最初の一粒が手の甲に当たった感覚を勇者は感じることはなかった。

次第に強くなる雨音も彼の耳には届かない......。




335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:06:42.30 ID:hr/uKPTi0

――――――――

―――――

――



――――青の国・とある病院の一室

勇者「............はっ!」ガバッ

意識を取り戻した勇者ベッドから跳ね起きた。

内容は覚えていないが酷く嫌な夢を見ていたらしい。
身体中汗まみれで気持ちが悪い。

勇者「............ここは............?」

辺りを見回す。

見たこともない部屋だった。

白を基調とした質素な部屋には家具と言った家具は置かれておらず、あるのはやけにシーツの整ったベッドが三つ。
いや、自分が今使っているものを含めれば四つか。

そういえば右腕に管が繋がっている。
管の先はスタンドに取り付けられた透明の袋に繋がっており、袋の中身が赤い液体で満たされているところを見るとどうやら自分は今輸血か何かをされている最中なのだろう。

それらの状況から自身の今居る場所がどこかの病室なのだとようやく理解する。

勇者(でもなんで俺輸血なんか......)




336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:08:18.93 ID:hr/uKPTi0

ギイィ......

不意に開いた病室のドアからはよく見知った顔が三つ入ってきた。

魔法使い「おー、勇者起きてるじゃん」

武闘家「やっと目が覚めましたか」

勇者「お前ら............ッ!?」クラッ

僧侶「傷は治したけどまだ血が足りないんだから無理はしないで、勇者君」

勇者「............傷?」

武闘家「............」

僧侶「............」

魔法使い「............」

現在の自分の状況。

僧侶の言葉。

そして何より押し黙った仲間達の暗く重い顔を見れば答えは自ずと見えてくる。

勇者「............夢じゃなかったのか............」

たしかに勇者は悪夢にうなされていた。

だがその悪夢は単なる夢ではなく現実のものであった。

冷徹な眼で自分を、仲間達を襲う魔王の姿が勇者の脳裏に焼き付いていた。




337 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:09:51.87 ID:hr/uKPTi0

勇者「あの魔王が......俺達を............か」

僧侶「..................」

勇者「お前らは大丈夫なのか......?」

魔法使い「うん、まぁ......一応ね」

武闘家「僧侶さんのお陰で傷の方はすっかり癒えていますから」

勇者「そっか......」

魔王による強襲の後、僧侶の必死の治療もあって勇者は一命をとりとめた。
魔法使い、武闘家も同様僧侶の回復魔法によりまだ全快とまではいかずとも健康体と言えるまで回復したと言える。

勇者達三人が無事でいられたのは一重に僧侶の判断が的確だったためである。

普通ならば一番の重体である勇者を真っ先に治してしまいそうだが僧侶はあえて最初に魔法使いの手当てを優先した。

あの森の中では十分な治療が見込めないため早急に医者や回復系魔法の使い手のいる病院へと三人を搬送しなければならない。
そのための足として転移魔法が必要と考え、失血によって意識を失った勇者ではなく比較的軽傷の魔法使いを優先的に治療し、彼女の転移魔法によって病院への移動をしようと考えたのだ。

僧侶、医者、回復系魔法の使い手達の手当てにより三人の傷はすっかり癒えたのだが勇者の場合は出血が多かったためまだ安静が必要であった。
回復魔法はあくまで対象の自己治癒能力を活性化させ傷を癒すというもの。
無から有を造り出す魔法ではないため体外へ流れた血を生成することはできない。
勇者の右腕に細長い管が繋がれ輸血がなされているのはそのためだ。




338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:10:30.74 ID:hr/uKPTi0

病室へ帰ってきた武闘家達三人は自然と一人一つのベッドに腰掛けることになった。

窓際にある勇者のベッドから見て向かいには僧侶、隣には武闘家、斜向かいに魔法使いという形である。

勇者「............」

武闘家「............」

僧侶「............」

魔法使い「............」

昼前に魔王と会うまでとはまた違った重々しい沈黙が病室を包む。

空気の色は変わりやすい。
小さな病室はすぐに押し潰されそうな息苦しい空気でいっぱいになった。

勇者はそんな空気に耐えきれずに窓の外へと目を移した。

曇っていて太陽の正確な位置はわからなかったが西の空の雲に赤みがかかっていたので夕暮れ時だとわかった。
この時初めて気付いたが病室は二階にある様だ。
病院前の通りを見下ろすと人通りは既にまばらであった。

兄弟だろうか?
小さな男の子が二人、通りを西へと駆けて行く。
家で母親が夕飯を作って待っているのかもしれない。




339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:11:21.53 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「ねぇ............あたし達魔王と闘わなきゃならないの......?」

沈黙を破り魔法使いが言った。

思えばこういう重苦しい雰囲気の時は決まって彼女が最初に口を開く。

「話しをしなければならないがどう話し始めればいいかわからない」
仲間達のそんな思いを感じとって自分が一番先に話を切り出そうという彼女の優しさなのかも知れない。
もっとも彼女の場合はただ旦に重い空気に耐えられずに口を開くということも否めない。

たがそれでも勇者達は魔法使いにこうして助けられているのは事実だった。

魔法使い「あたしはすぐに気絶しちゃったから後のことはさっき僧侶に聞いたよ、武闘家もそう」

と、これは勇者に向けての言葉である。
魔法使いも武闘家も自分が気を失ってからの魔王の行動、言動を把握していると勇者に告げたのだ。

僧侶「私は魔王ちゃんと闘うなんてできないよ......」

魔法使い「僧侶......」

武闘家「ですが......」

僧侶「......うん、わかってる。私達が100代目勇者一行でその使命が本来魔王を倒すことだって」

僧侶「でも......私にはできない。どんなに魔王ちゃんのこと敵だと思っても、仲間を傷つけられて憎いと思っても、魔王ちゃんと過ごした日々と魔王ちゃんの笑顔を思い出したら......私にはとても............」

今にも泣きそうな僧侶を見ながら魔法使いが言う。




340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:11:54.77 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「......あたしだってそうだよ。今朝まで友達だと思ってた魔王と闘うなんてことしたくない......」

魔法使い「でも僧侶や勇者や武闘家が傷つくのも嫌!でもでも、魔王と闘うのも嫌!!」

魔法使い「......一体......一体どうしたらいいの......?」

魔法使いの猫耳はだらしなく垂れていた。
彼女の喜怒哀楽は耳の動きで分かるが今の彼女の顔を見れば一目でそのやるせなさが分かった。

そんな二人を見て武闘家が静かに口を開いた。

武闘家「............ならパーティ解散、ということになりますかね」




341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:13:38.58 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「え......」

僧侶「ちょ、武闘家君!?」

突然彼の口から飛び出したあまりに衝撃的な言葉に僧侶の声が上ずる。

武闘家「魔王さんが人間達との戦いを望む今、100代目魔王と闘えない人間に100代目勇者一行の一員が務まるわけないじゃないですか」

武闘家「......これはお二人を非難しているわけではありません。お二人のことを思って言っているんです......」

僧侶「でも学校に通ってた頃から私達ずっとパーティ組んでたし......そんな......」

魔法使い「......そう言う武闘家はどうなのさ!!」

あくまで淡々と話す武闘家に苛立ちを覚えたのか魔法使いが声を荒らげる。

魔法使い「武闘家は魔王と......あの魔王と本気で闘えるって言うの!?」

武闘家「......それは本音を言えば僕も闘いたくありません」

武闘家「でも闘うしかないのなら......僕は闘いますよ」

僧侶「武闘家君......」




342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:14:31.81 ID:hr/uKPTi0

武闘家「僕達は......人々の希望の象徴『勇者』の仲間なんですよ?」

武闘家「魔王さんが人間に仇なす存在となるなら......やはり闘うしかないです」

武闘家「今度は本気で、全身全霊で、命を奪うつもりで......」グッ

魔法使い「............」

僧侶「............」

ただ静かにそう言った武闘家に彼女達は何も言うことができなかった。

武闘家の言うことは正しい。

正しいし理解もしている。

しかしそれを心の奥深くから自分自身に納得させることはどうやら今の自分達にはできそうもない。

そうした彼女達の心の声がこの沈黙なのである。

武闘家「......勇者はどうなんですか?まさかこの期に及んでもまだ魔王さんと闘わないつもりですか?」

勇者「............」




343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:14:57.69 ID:hr/uKPTi0

勇者は武闘家達のやり取りに口を挟むでもなく、ただ難しい顔で窓の外を眺めているだけだった。

まず間違いなく今回の一件に一番動揺し、心に大きな傷を負ったのは勇者だと三人は分かっている。

だからこそ勇者が今何を考え何を思うのか、それが今後の彼ら進むべき道を考えると最も重要なことだった。

勇者「俺は............」

勇者は一言一言噛みしめるように静かにゆっくりと言った。




344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:15:59.30 ID:hr/uKPTi0

勇者「............魔王とは闘わない」

勇者「何があっても、絶対に」

武闘家「..................」

僧侶「......勇者君......」

魔法使い「..................」

三人は何故か内心ほっとしていた。
おそらく変わってしまった魔王に対して、変わらないままの勇者がいることが彼らを安堵させたのだろう。

だが今の勇者の言葉は"勇者"として相応しいものでないとも分かっていた。

人々のために魔王と、魔族と闘うのが勇者の在るべき姿なのだ。
むしろ今の状況こそが勇者と魔王の本来の関係である。

その状況下で魔王と闘わない者に100代目勇者が務まる筈がない。
魔王との闘いを拒否し続けるのならば勇者の命の剥奪ということすら有り得る。




345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:16:35.11 ID:hr/uKPTi0

武闘家「勇者......魔王さんと闘いたくないのは分かります。ですが個人の感情で魔王との闘いを拒否できるほど勇者という立場が軽いものでないのは分かっているでしょう?」

勇者「............」

武闘家「まして僕達は魔王さんを友人だと信じていても......魔王さんにとっては僕達はもはやただの敵でしかない。そう魔王さんも言っていたというじゃありませんか」

勇者「............」

黙って武闘家の話を聞いていた勇者が口を開く。

そして次の瞬間彼の口から飛び出した言葉に他の三人は唖然とするしかなかった。











勇者「あれは......嘘だ」




346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:17:53.69 ID:hr/uKPTi0

武闘家「な............」

僧侶「............えっ」

魔法使い「へ............?」

勇者の声は『嘘であって欲しい』という願望のこもったものなどでは決してなかった。
あまりにも勇者の声が確信に満ちていたので武闘家達は状況に驚き、混乱し、しばし硬直していたほどだ。

武闘家「ど、どういうことですか?」

勇者「............俺にはどうしてもアイツがお前らと好き好んで闘ってるようには思えなかった」

勇者「昔から『魔族と人間が和解したら人間の友達をたくさんつくるんだ』って嬉しそうに言ってたからな。お前達と友達になれた時も本当に嬉しそうな顔してたし」

勇者「だから俺はアイツの本心が知りたくて最後にアイツに聞いた」

魔法使い「『お前にとっては俺達はもう友達じゃないのか?』ってやつ?」

勇者「あぁ」

武闘家「ですからその問いに魔王さんは......」




347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:18:43.87 ID:hr/uKPTi0

勇者「僧侶、俺がアイツにその質問をしたときアイツどんな仕草をしてた?」

僧侶「え?え~っと............」

突然話を振られて僧侶は驚いたようだったがその時の情景を思い出しながら答えた。

僧侶「こう、魔剣で勇者君の顔を持ち上げて......」

勇者「右手はな。左手は?」

僧侶「ひ、左手?ん~......たしか髪の毛をいじってた気がする............多分だけど」

魔法使い「髪の毛クルクル指に巻きつけるやつ?あたしも見たことあるよ。魔王の癖なんじゃないの?」

勇者「癖は癖だけどただの癖じゃない」

僧侶・魔法使い「?」

勇者「左手に髪の毛をクルクル巻きつけるのはアイツが嘘をつく時の癖なんだ」

僧侶「嘘をつく時の癖......?」




348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:19:28.86 ID:hr/uKPTi0

勇者「そう。嘘をつく時に100%その癖が出る訳じゃないけど......逆にその癖が出る時は100%嘘をついてる」

魔法使い「え、じゃあ勇者が最後の質問をした時に魔王がその癖を出したってことは......」

微かに輝きを取り戻した魔法使いの瞳を見つめ勇者は頷く。

勇者「魔王にとっては俺達は今でもやっぱり大切な友達ってことだよ」

僧侶「そっか......良かっ............」

武闘家「ちょっと待って下さい」

ここで勇者の話を聞いていた武闘家が口を挟む。

魔法使い「武闘家?」

武闘家「そう言われて『あぁそうなんだ』ってすんなり納得すると思いますか?」

武闘家「現に僕達は魔王さんに襲われている。それなのに魔王さんを信じるなんて......」




349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:21:15.96 ID:hr/uKPTi0

勇者「俺の事も信じられないか?」

武闘家の反論を遮るように勇者が言った。

勇者「お前らが今の魔王を信じられないのはわかる。だったら俺の事を信じてくれないか?」

勇者「頼む............」

そして武闘家に頭を下げた。

武闘家「............」

僧侶「勇者君......」

魔法使い「勇者......」

長い長い沈黙。

武闘家「..................」フゥ

武闘家は小さく息を吐くと少し困った様に笑った。




350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:21:57.23 ID:hr/uKPTi0

武闘家「......まったく、それは卑怯ですよ」フフッ

僧侶「武闘家君......」

勇者「信じてくれるのか?」

武闘家「えぇ、と言うか最初から勇者の言ったことは信じてましたよ?」

勇者「は?」

武闘家「ただ勇者が魔王さんを庇って嘘を吐いている可能性も否定できなかったのでちょっとカマをかけてみただけです」

勇者「お前なぁ......」

武闘家「まぁ嘘じゃなさそうで安心しましたよ。何より勇者に頭を下げられるなんて貴重な体験ができましたし」クスクス




351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:22:32.56 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「............でもさ、やっぱおかしくない?」

場の雰囲気が緩みかけたところで魔法使いが彼女に似つかわしくないシリアスな声で言った。

僧侶「何が?」

魔法使い「だってさ、魔王があたし達のこと今でも友達だって思ってくれてるならなんで襲ってきたのさ?」

僧侶「たしかに......」

勇者「俺もそれがわからなかった。何かしらの事情があるのは確かなんだろうけど一体それが何なのか......」

僧侶「............」

魔法使い「結局何もわかんないまんまじゃん」ムゥ...




352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:23:11.86 ID:hr/uKPTi0

武闘家「いえ、そうでもありませんよ」

頭を抱える三人をよそに武闘家はそう言ってのけた。

魔法使い「えぇ!?武闘家は魔王に何があったのかわかったって言うの!?」

武闘家「流石に核心部分は分かりませんが......それでもこれだけ情報が揃っていれば理論的に分析することでぼんやりと大まかには状況が理解できます」

勇者「お前すごいな......」

魔法使い「こういう時武闘家はホント頼りになるね」

僧侶「うん」

武闘家「とは言え僕もついさっきまでどうにも引っ掛かることがあって結論を出せずにいたのですが......勇者のお陰で答えを絞ることができました」

勇者「引っ掛かること?」

武闘家「はい。......ではそのことも踏まえて順序立てて説明していきましょうか」

武闘家は他の三人を見渡し丁寧に説明を始めた。
勇者達は彼の説明に耳を傾けつつ話を理解しようと努めた。




353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:24:32.42 ID:hr/uKPTi0

武闘家「まず今回の魔王さんの強襲ですが結論だけ言えば魔王さんが僕達に与えたものは魔王さんに対する不信感のみ、ということになります」

武闘家「僕や勇者、魔法使いさんは攻撃を受け怪我をしましたがどれも回復魔法や治療でどうにかなるものばかりでしたよね?」

武闘家「僕はここにずっと引っ掛かっていたんです」

僧侶「どういうこと?」

武闘家「魔王さんは僕達を襲う理由を『人間達と戦うことを決めた宣戦布告のようなもの』と言っていました」

武闘家「そのために僕達を襲ったのだとしたら、僕達に魔王さんを敵だと認識させ今後魔王さんと闘わせる様に仕向けるための強襲だった、ということですよね?」

勇者「まぁそうだろうけど......」

武闘家「それなら僕達からもっと恨みや怒りを買う様に攻めた方がより自分のことを敵だとハッキリ認識させることができたハズです」

武闘家「例えば回復魔法でも治癒ができないように四肢を切り落とすとか臓器を潰すとか......もっと簡単に恨みを買うなら僕達の中の誰かを殺してみるとか」

武闘家「もし僕が魔王さんの立場で本気で勇者達に自分を敵視させたかったらそれぐらいやってのけます」

勇者「............」




354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:25:19.87 ID:hr/uKPTi0

武闘家「でも魔王さんはそうしなかった。回復魔法で癒えてしまうような『中途半端な攻撃』しかしてきませんでした」

武闘家「だから僕はずっと僕達を生かしておくことに何かしらの意味があるのかと考えていたんですが......勇者の話を聞いて分かりました」

武闘家「魔王さんは僕達を『殺さなかった』のではなく『殺せなかった』のだと」

勇者「『殺せなかった』......」

魔法使い「その違いがそんなに重要なの?」

武闘家「えぇ。......と、ここまでは大丈夫ですか?」

勇者「あぁ」

僧侶「うん」

魔法使い「まぁなんとなく」

武闘家「若干一名の返答に不安を覚えますが話を続けるとしましょうか」

魔法使い「............」




355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:26:39.63 ID:hr/uKPTi0

武闘家「さて......ではここで魔王さんの身に何が起こったのかを考えてみます」

武闘家「前回魔王さんと会った時は特に魔王さんに変わりはありませんでしたよね?」

僧侶「うん、いつもの魔王ちゃんだった」

武闘家「ですから前回会ってから今回会うまでの数日間の内に魔王さんに人間と戦うことを決意させるような"何か"があった。そう考えるのが妥当でしょう」

魔法使い「ん~......あのさ、その"何か"がいつ起こったのかによっては青の国への奇襲攻撃もやっぱり魔王の指示だってことになるのかな......?」

勇者「............」

武闘家「そのことですが......僕はその可能性は低いと考えています」

勇者「!?」

魔法使い「なんで?」




356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:29:47.04 ID:hr/uKPTi0

武闘家「聖十字連合側への宣戦布告無しの奇襲攻撃。100代目魔王が人間達と戦うということをアピールするには絶好の機会ですよね?」

武闘家「それならその戦場に100代目魔王自身が参戦した方が遥かに効果的にそのことをアピールできると思いませんか?」

勇者「......たしかに言われてみりゃそうだな......」

武闘家「それにいくら奇襲攻撃だった言えど黒の国側の戦力はあまりに少なかった。魔王さんが指揮を執っての奇襲攻撃の指示だったのだとしたらもっと大量の戦力を投入して風鳴の大河の青の国の拠点を完全に制圧することもできたハズ......いえ、そうするべきだった」

武闘家「ですから僕は昨日の奇襲攻撃については魔王さんの指示でなく反人間派の魔族による独断だと睨んでいます」

僧侶「反人間派......そういえば魔王ちゃんの叔父さんが反人間派の先頭に立ってるって言ってたね」

勇者「魔将軍か......じゃあ今回の奇襲は魔将軍の指示だったってことか?」

武闘家「その可能性が一番妥当だと僕は考えています。それが今回の一件とどう関係しているのかはわかりかねますがね」

武闘家「......正直に言うとそれが僕の希望であるということも否定できません。何らかの事情によって今言った『そうすべきだったこと』が実現できなかった可能性も否めませんし......」

勇者「......まぁ俺達もそう思っていた方が良さそうだしな」

魔法使い「そだね」

僧侶「うん」




357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:30:33.31 ID:hr/uKPTi0

武闘家「話を戻しましょう」

仕切り直す様にそう言った武闘家だったが少し何か考えて苦笑した。

武闘家「......えぇっと......どこまで話したんでしたっけ?」

僧侶「んと......魔王ちゃんに"何か"があったってところじゃなかったかな?」

武闘家「あぁ、そうでしたね。まったく、誰かさんが話の腰を折るから......」

魔法使い「ごめんごめん」ニャハハ

眉端を軽く上げて小さくため息をつき武闘家は話の続きを始めた。

武闘家「......では、さっき言った可能性の話をことを含めて話します」

武闘家「昨日の奇襲が魔王さんの指示でないとしたら、魔王さんが人間達と戦うことを決意するに至った"何か"は昨日から今日にかけて起こった、と考えられます」

僧侶「うーん......一体何があったのか私には見当もつかないけど......」

魔法使い「あっ」

僧侶「?」

何か閃いたのか魔法使いがは不意に声を上げた。
漫画か何かだったら頭の脇に豆電球が灯っていそうなものである。

魔法使い「洗脳魔法をかけられたとか考えられない?」

僧侶「洗脳魔法......?」

魔法使い「そう!」




358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:32:08.98 ID:hr/uKPTi0

僧侶「たしかに催眠魔法の応用で心理を操作する裏魔法もあるみたいだけど......」

魔法使い「反人間派の魔族に魔王が洗脳魔法をかけられてさ、人間との闘いを望むように精神操作されちゃってるとか......」

勇者「いや、それはないな」

と、ここで魔法使いの案を否定したのは勇者だった。

魔法使い「? どうして?」

勇者「洗脳魔法をかけられたんなら精神っつーか自我っつーか......そういうもんが消えちまうハズだろ?」

勇者「でもさっき言ったろ、アイツは嘘を吐いてたって」

勇者「嘘を吐くってのは自分が心に思ってることとは別のことを意図的に言うことだ」

勇者「あの時アイツが嘘を吐けたってことはアイツは自我を持ってたってことになる。だから洗脳魔法をかけられてたってことは多分ないよ」

魔法使い「そんな............勇者が頭良さげに解説してる」ガーン

勇者「おし、お前後でデコピンな」イラッ




359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:33:13.55 ID:hr/uKPTi0

武闘家「まぁ実際勇者の言っていることは正しいですよ。それに僕がさっき言った『魔王さんは僕達を殺せなかった』ということがここで役立ってくるんです」

僧侶「もし洗脳魔法で魔王ちゃんが自我を失った状態になっていたなら手加減なんかしないで私達の誰かを殺していただろう、ってこと?」

武闘家「流石僧侶さん、話が早くて助かります。......そんな訳で洗脳の可能性は極めて低いです」

今度は勇者が自身の考えを述べた。

勇者「......人質を捕られたってことは考えられないか?」

魔法使い「誰が?」

勇者「誰でもいい、魔王の母さんでも側近さんでも......とにかくアイツにとって親しい人が反人間派の連中に人質にとられて、アイツは言うことを聞かされているとか」

勇者「それなら自我を持った状態のアイツが自分の意思に反して俺達を傷つけるってのも有り得る話じゃないか?」

魔法使い「ふむふむ......」




360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:34:51.89 ID:hr/uKPTi0

が、この案は武闘家によって否定された。

武闘家「洗脳よりは可能性は高いでしょうがそれもあまり現実的ではないですね」

武闘家「もしそうならやはり何故魔王さんが僕達を殺さなかったのか、で引っ掛かるんです」

武闘家「仮に僕達と魔王さんの関係が人質を捕った相手側に知られ、魔王さんは僕達を襲う様に仕向けられたとしましょう」

武闘家「それが魔王さんを精神的に追い詰めるための指示だとしたら......僕達の首を持ってこい、とでも言うのが普通じゃないですか?」

僧侶「たしかに......人質を捕るなんて卑怯な真似する人達はただ傷つけてこいなんて命令しないよね」

武闘家「それにそんな状況になったら僕達を傷つけるよりも僕達に助けを求めた方が賢明じゃありませんか?」

武闘家「勇者の転移魔法があれば人質の救出なんてワケないでしょう?」

勇者「............」

武闘家「第一、魔族の王たる魔王さんなら自分の親しい人の命と魔族全体の平和を天秤にかけた時、どちらがより重いものと考えるのか......」

勇者「......そうか、そうだな。アイツは人質捕られたからって世界全体の平和を目指すことを止めちまうような半端な気持ちで今まで和平を目指してきたワケじゃないもんな」




361 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:35:17.79 ID:hr/uKPTi0

魔法使い「じゃあ結局何があったっていうの?」

勇者「......勿論、お前は分かってんだろ?武闘家」

武闘家「はい......あくまで予想、ですが」

勇者の問いに武闘家は何故か返答を躊躇っているようだった。

そんな彼の姿を見て僧侶はやや緊張しながらも言う。

僧侶「聞かせて、武闘家君。魔王ちゃんに何があったのか」

武闘家「えぇ............わかりました」

武闘家は頷き話し始めた。




362 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:38:27.47 ID:hr/uKPTi0

武闘家「......今勇者に言った様に魔王さんは公私の区別をつけ、しかも『公』のためなら『私』を犠牲にすることもいとわない方です」

武闘家「今日魔王さんが僕達を襲った状況......これが正に『公』のために『私』を犠牲にしている状況じゃありませんか?」

僧侶「魔王ちゃんは私達と......うぅん、人間と戦いたくなんかないけど戦わなくちゃならない状況にあるってことでしょ?」

武闘家「はい。しかもその理由はかなり重いものだと推測できます」

魔法使い「重い......?」

武闘家「魔王さんにとって自身の想いを犠牲にしてでも果たさなければならない義務、それは......」

勇者「魔王としての義務......だな」

武闘家「えぇ。ですから魔王さんは100代目魔王として人間達と戦わなければならない立場にあるということ」

武闘家「そして勇者に言ったという『真実は自分で知れ』という言葉......この"真実"とは魔王さんが人間との戦いを決意した理由を指すことは間違いありません」

武闘家「『知れ』と言っていることから魔王さんのみが知ることのできる、或いは魔王さんだけしか知りえない情報でははないのでしょう」

武闘家「つまり魔王さんは何か重大な事実を知り、その上で自らの意思で、"魔王として"人間達と戦うことを決意したということになります」

勇者「......魔王として戦わなければならない理由............」

魔法使い「武闘家は何だと思ってるの?」

武闘家「単刀直入に言いましょう......」

武闘家は次の発言に備えて唾を飲み込んだ。
聞こえる筈もないその音が勇者達にも確かに聞こえた気がした。




363 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:39:31.81 ID:hr/uKPTi0

武闘家「............この戦争、何か裏があるのではないかと考えています」

勇者「!?」

魔法使い「は?」

僧侶「それってどういう......!?」

完全な不意打ちだった。

それも、とてつもない威力の。

魔王が戦う理由、それが何なのか勇者達は分かっていなかったが武闘家の答えは勇者達の思考の外から放たれたあまりにも強大な一撃だった。

――――何百年と続く人間と魔族のこの戦争に隠された闇がある――――。

それが意味することの重さを受け止め切れずに思考がまとまらない。




364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:40:23.73 ID:hr/uKPTi0

他の三人の動揺を察しつつも武闘家が続ける。

武闘家「僕にも詳しいことは分かりません」

武闘家「ですが......もし何らかの理由で魔族は人間と戦わなければならないのだとしたら?そう仕組まれている、或いはそうせずにはいられない何かがあるのだとしたら?」

武闘家「そう考えると全て辻褄が合うんですよ......魔王さんの行動も、和平に対して消極的な王様達も、長く長く続くこの終わりのない人間と魔族の争いも......」

勇者「............」

僧侶「............」

魔法使い「............」

病室の空気は勇者が目覚めた直後より何倍も重くなっていた。

誰一人として口を聞くことすらできずしばらくの間息苦しい沈黙だけが病室を満たしていた。




365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:41:17.60 ID:hr/uKPTi0

呼吸さえも困難なその沈黙を破ったのはやはり魔法使いであった。

魔法使い「......武闘家の考えが正しいなら人間と魔族の戦争には何か秘密があるってことだけど......その秘密をどうやったらあたし達は知ることができるのかな?」

勇者「............」

魔法使い「やっぱり王様達なら何か知ってるハズだよね......?」

僧侶「それは......そうだろうけど............多分王様達から聞き出そうって言うのは無理だよ」

僧侶「戦争の根底にあるような重大な秘密かもしれないんだよ?そんな話を教えてくれるわけないよ......」

魔法使い「......でも他にその"真実"って言うのを知ってそうな人なんて......」

武闘家「............いますよ、1人。確実に全てを知っているであろう人が」

魔法使い「うそ!?」

僧侶「え、誰!?」

武闘家の言葉に僧侶達が身を乗り出す。




366 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:42:19.76 ID:hr/uKPTi0

武闘家「......その"真実"を知る人物を僕は......いえ、僕達はよく知っています」

武闘家「..................」

そう言ってから武闘家はしばらく目を閉じて黙っていたが、何かを決心した様に目を開くと静かに言った。

武闘家「それは勇者にとって......最も近くて最も遠い人です......」

僧侶「............!!」

魔法使い「............?」

武闘家の言う人物が誰だか分かった僧侶と誰だかいまいち分からなかった魔法使いが勇者を見たのは同時だった。

勇者「..................」

ベッドの上で身を起こす勇者は彼女達の視線など気にする素振りすらなく眉間に皺を寄せ口を真一文字に結んでいた。

その視線の先には布団の皺があるがそこに焦点が合っていないのは誰が見ても明白であった。

勇者(............向き合わなきゃならない、もう避けてはいられないんだ............)

固く拳を握りそっと視線を窓の外に移した。

日が沈みかけ薄暗くなった通りには魔力灯に明かりが灯りチカチカと瞬いていた。

病室もすっかり暗くなっていたのだが誰も明かりをつけようとはせず、四人は静かに暗闇の中に佇むだけであった。




367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:43:30.83 ID:hr/uKPTi0

【Memories05】
――――白の国・王都・路地裏の酒場

カランコロン

馴染みの酒場のドアを引くと扉につけられた小さな鐘が軽やかに鳴った。
幾度となく聞いた音だ。

私が店に入るとカウンターでは白く長い髭をたくわえた白髪の老人が乾いた布でグラスを拭いていた。
これも幾度となく見た光景だった。

私「よう」

店主「ん、よく来たのぅ」

店主といつものやり取りをしてカウンターの一番奥の席――――私が普段座る席へと腰を降ろす。

店主も私がその席に座ることは分かりきっているので私が席に座るより早く手拭きをカウンターに置いた。

私「いつもの」

店主「むぅ......そう言えばお前さんのボトルは先週空けてしまったんじゃったな」

私「"いつもの"と言っただろ?新しいのを頼む」

店主「いつもいつも安い酒しか頼まないのぅ......たまには気前良く高いやつでも頼んで店の売り上げに貢献しようとは思わんのか?」

私「こんな寂れた酒場に来てやってるだけありがたく思うんだな」

店主「やれやれ、大勇者ともあろう男がケチ臭い」

私「ほっておけ」フンッ




368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:46:46.38 ID:hr/uKPTi0

私「そもそもだな......」

私はそう言って私以外には客のいないこじんまりとした酒場を見渡した。

開店当初は小綺麗だった(と記憶している)店内も今や壁の塗装は何ヵ所も剥げ椅子やテーブルも傷だらけ、とてもお洒落で綺麗なバーなどと言えたものではない。

私「路地裏のこんなボロい酒場に客が来ると思うか?」

私「店主が美人のママだったり若くて可愛いウェイトレスがいたりするならまだしも老いぼれたの爺さん一人しかいないのでは尚更だ」

私が悪態をつくと店主はどこが嬉しそうに答えた。

店主「いいんじゃよ、ワシの店はこれで」

店主「この店はワシの余生の楽しみの様なものじゃ。馴染みの客が酒を飲みながらくつろいでいってくれれば儲けがなくてもそれでいいんじゃ」

私「だったら私が安酒を頼んでも一向に構わないだろう」

店主「それとこれとは話が別じゃ」フォッフォッフォ

店主は笑いながら新しいボトルを開け、氷の入ったグラスに酒を注ぐ。

店主「ほれ」

私「......」グイッ

差し出されたグラスを受け取り酒を一口飲んだ。
軽く焼ける様な感覚が喉を通って胃へと染み込んでいく。

店主「......まぁ安酒の割に味は良いんじゃよな」フフ

私「そうでなければ毎回頼まんさ」フッ




369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:47:59.43 ID:hr/uKPTi0

二口目を飲もうとグラスを口に近付けた時に店主が話を切り出した。

店主「............青の国が奇襲攻撃を受けたらしいのぅ」

カウンター奥の棚の方を向いていたので私からでは見えなかったが、白い眉の奥から見える鋭い眼光を放っていたに違いない。

私「......相変わらず耳が早いな」ピタッ

私は飲みかけのグラスを置いて話を続けた。

私「箝口令が出されていて青の国内でもあまり知られていない筈なんだがな」

店主「昔のツテがいくらでもあるわぃ、酒場の店主の情報収集力を舐めるもんじゃないのぅ」

私「本当に恐ろしい爺さんだ」

店主「そんなことはどうでもいいんじゃよ、お前さん今回の一件どう見る?」

私「......そうだな。敵の指揮官が魔王でも魔将軍でもなかったことが気になるが、今回の奇襲攻撃で聖十字連合に緊張が走ったのは事実だろう」

私「そもそも近年大きな戦が無かったことの方がおかしかったのだ。今回の奇襲を契機に大規模交戦に発展する可能性も低くはないだろうな」

店主「そうなればまた多くの命が失われることになるのぅ......」




371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:50:05.31 ID:hr/uKPTi0

店主「お前さんの息子も頑張った様じゃが、それでも聖十字連合と黒の国の関係の悪化は免れんじゃろうな」

私「......あの馬鹿はまた戦場で敵を一人も殺さなかったらしい。甘すぎるのだ、そんなことではいつか自分が命を落とすことになると何度も言っているというのに」ギリッ

私は息子の愚かしさに腹が立ち思わず顔をしかめた。
店主はそんな私を見て息子をフォローするように優しく言う。

店主「息子さんは優しいんじゃろ、お陰で青の国のフラストレーションは大分押さえられたじゃろうて」

私「それはそうかもしれん............だがそれでも私達が生き延びるためには戦い、敵を殺さなければならない。その事実は変え様があるまい」

店主「..................」

店主「何にせよ今回の風鳴の大河への奇襲は確実に世界に波乱を呼ぶことになるじゃろうな」

私「............風鳴の大河............か」

その名は私にとって特別な響きを持っていた。

私がまだ駆け出しの頃から、99代目勇者に任命されてから、人々から大勇者と呼ばれるようになってから、何十回と風鳴の大河の戦場で戦ってきた。

そしてその名を聞く度に思い出すのは"アイツ"のことだ。

何故なら風鳴きの戦場は私が"アイツ"と出会った最初の場所だからだ。

数え切れない程に剣を交え、血を求め、骨肉を削り合い............そして私が命を奪ったあの男との出会いの場所だ。




372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:51:25.13 ID:hr/uKPTi0

――――21年前・青の国・風鳴の大河

ウオォォォォ!!

キィン!!

ガキィン!!

剣士「『五月雨を、集めてはやし、風鳴きの』ねぇ......風情もクソもあったもんじゃねぇな」

私「お前なぁ、戦場に風情もクソもあるかよ」

剣士「だってよ、俳句で有名な風鳴の大河だぜ?どんなとこかと思えば随分殺伐としてるじゃねぇか」

私「風流な戦場なんてこの世のどこにもありゃしないっつーの」

剣士がそう言ったのは戦士達の叫びと武器のぶつかり合う音で風鳴の大河の川の音は完全にかき消されていたからだろう。

私と剣士はその日、青の国の戦力として白の国から援軍に来ていた。

当時の私はまだ正式に99代目勇者を襲名していなかったが、他の勇者候補達の中ではその実力は群を抜いており99代目勇者の座は私のものとなるだろうと自分でも思っていた。

私「つーか、今日爺さんはどうしたんだよ?見てねぇけど」

『爺さん』と言うのは当時私と剣士がパーティを組んでいた大賢者のことだ。

剣士「あぁ、なんでも今日は歯医者で来れないとかなんとか」

私「はぁ!?歯医者!?そんな理由で戦場に来ないって何考えてんだあの爺さんは!!」

剣士「まぁ普通その反応だよな」ガハハッ




373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:52:30.86 ID:hr/uKPTi0

私「......ったく、俺達がこうして戦場に駆り出されてるってのによ」

......そう言えば若い頃の私の一人称は『俺』だったな。
言葉遣いも粗悪だったし......まぁ若さ故というものだろう。

剣士「まぁそう言うなって、なんせ95代目勇者とパーティを組んでたこともある大ベテランだからな。それくらいのワガママも許されるんだろ」

私「にしてもあの爺さんは戦を休みすぎだろ、そんなんじゃいつまで経っても世界を平和になんかできねぇっつの」

私が愚痴ると剣士が茶化すように笑いながら言った。

剣士「お~、やっぱり99代目勇者候補殿は言うことが違うじゃねぇか」ガハハ

私「へっ、まぁな。俺がサクッと魔族供をぶっ殺して人間達を勝利に導いてやるぜ」ニッ

私「だから今回の戦もさっさと終わらせて帰るぜ」

剣士「......そう簡単に行きゃいいけどな」

私「あん?」




374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:53:30.65 ID:hr/uKPTi0

突然剣士の顔色に陰りが差した。
不安げな声色で彼は話し始めた。

剣士「お前知ってるか?黒の国の軍にいる恐ろしく強い兄弟のこと」

私「いや?初耳だけど......」

剣士「最近魔将軍と黒騎士に任命された二人らしいんだけどよ、それがかなりの達人らしいんだ」

剣士「特に兄貴の魔将軍の方はとんでもない化物らしくてな、先月の銀の国での戦じゃ千人斬りをやってのけたらしい」

剣士「間違いなく99代目魔王はそいつになるだろうって噂だ」

私「んで、その魔将軍がこの戦場に来てるってワケか?」

剣士「あぁ」

私「......ったく、情けねぇなぁ。そんぐらいでビビんなよ」ハァ




375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:54:14.69 ID:hr/uKPTi0

剣士「別にビビッてるワケじゃねぇさ。ただ油断して死んじまったりしたら元も子もねぇって話だ」

剣士「俺はそういう部下達を何人も見てきたからな、だから......なんつーか不安でよ」

私「..................」

剣士は私とパーティを組む前は白の国の騎士団長を務めていた。
若くして騎士団長となった彼は多くの戦地へと赴き、戦い、勝利し、時には敗北し、そして多くの部下達を失ってきたのだろう。

だから私の慢心がいずれ私の命を奪うことになるのではないかと常から心配していたのだ。

そんな彼の不安を理解し私は努めて明るい声で言ってやった。

私「千人斬りなんて俺がしょっちゅうやってんだろ、驚くことでもなんでもねぇっての」

剣士「そりゃそうだけどよ......」

私「そ、れ、に、だ」

右手の人指し指を立てて剣士の鼻先へと突きつけた。

剣士「?」

私「歴代最強の勇者になれると謳われるこの俺がそう簡単にくたばると思うか?」

剣士「..................」




376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:55:27.87 ID:hr/uKPTi0

剣士は呆れた様な困った様な、如何とも言い難い顔で私の顔を見ていたが、少しするといつものように豪快に笑って言った。

剣士「ハハッ、思わねぇな。少なくともお前は殺したくらいじゃ死ななそうだ」ガハハッ

私「おいおい、それじゃ俺がゾンビかなんかみたいだろうが、他に言い方なかったのか?」

剣士「悪ぃな、俺頭良くねぇから他の言い回しなんか思いつかねぇわ」

私「どの口が言うか、隠れ優等生め」チッ

剣士「俺の成績で優等生なら俺らの同輩の半分以上は優等生だぞ。お前が頭悪すぎるだけだ」

私「ぬぐ............い、いいんだよ!!実技ができれば!!」

剣士「はいはい」ククッ

剣士の緊張も解れたところで私は背負っていた剣を抜いて言った。

私「......さて、んじゃあ行くか」

剣士「おう」




377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:56:30.59 ID:hr/uKPTi0

私が臨戦体勢に入ったのを察して剣士も担いでいた大剣の刃に巻き付けてあった厚手の革をほどいた。
身の丈よりも大きな剛剣を軽々と、しかも完璧に扱いこなせるのは彼くらいのものだ。

私「俺は北から、お前は南から敵の本陣を目指す。いいか?」

剣士「任せろ」

私「おっしゃ!!いくぜ!!」ダッ!!

剣士「あぁ!!」ダッ!!

叫ぶと同時に私達は二手に別れ地を蹴って戦場へと駆けていった。

この時、私が南へ向かっていたのならば物語はまた違った展開を迎えていたのかもしれない。





............いや、やはりそれはなさそうだな。

早いか遅いかの違いはあれど私とあの男が出会うことになるのは必然であったのだから......。




378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:57:28.60 ID:hr/uKPTi0

――――――――

剣士と別れ北側を行く私は正に一騎当千。
襲い来る魔族達を大火力の攻撃魔法で次々に蹴散らし爆進して行った。

......という訳ではなかった。

カアアァァァ!!

私「......っと」バッ

ゴオオォォォ!!

私の居た場所に展開された罠式魔方陣が発動すると私は難なく魔方陣から吹き出した炎を避けた。

私「............まったく、どうなってやがんだ?」

十数個目の罠を避けたところで激しい疑念を抱きながら私は呟いた。

と言うのも私の行っていた北側は多くの罠式魔方陣が張り巡らされているだけで魔族の兵が一人もいなかったのだ。

それは言うまでもなく異様な状況であった。




379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:58:09.46 ID:hr/uKPTi0

敵を罠に嵌めるためにトラップを仕掛け、敵を誘き寄せる戦術は存在するし、有効な手段として昔からよく使われている。

だがそれでも必要最低限の兵士は配置しておくものだし、何よりあからさまに兵の数が少なければ敵側に不信がられ罠に気付かれる可能性が大幅に増す。

それに私を襲った罠式魔方陣の威力は超高火力ということもなく、到底『罠に嵌めて一網打尽』ということができる威力では無かった。

だからその戦場は正しく"異様"な戦場であったという訳だ。

私(何が目的だ?意図して兵を出さないことに何の意味がある?)

私(あえて北側は手薄にしてその分南側の戦力を強化......南側から戦況を一気に巻き返すってか?)

私(......いや、そりゃなさそうだな。そんなことして北側が抜かれちまったら意味がねぇもんな)

私(............じゃあもし北側が抜かれないっていう何かの理由があったらとしたら............)




380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 07:59:19.68 ID:hr/uKPTi0

私「......!?」ピクッ

突如として辺り包んだを凍てつく殺気に私の動物的本能が最大級の警鐘を鳴らした。
考えるより先に体が生存のために防衛策をとっていた。

私『防壁魔法陣・断』!!バッ

ゴオオオオォォォォォ!!

咄嗟にその場に防壁魔法を展開すると私が立っていた一帯を焼き払う凄まじい業火が私を襲った。

間一髪であった。

少しでも防壁魔法の発動が遅れていたなら私の体は一瞬にして炭化していただろう。

それほどまでにその炎撃魔法の威力は驚異的であった。
実際私の展開した防壁魔法は完全に炎を遮断し切れずマントの裾は少し焦げていた。

私「なんて威力の炎撃魔法だよ、俺の魔法でも防ぎ切れねぇなんて......!!」

その場は防壁魔法陣を張った私の背後の放射状を除いて広範囲が焼け焦がれていた。
周囲は何者かの放った炎撃魔法の残り火が至るところで揺らめいていた。

そして正面、炎の揺らめきの奥に人影が見えた。

背丈は別段大きくはない、私と同じかそれより少し高い程度の男だった。
全身は真紅の鎧に包まれ、頭部も厳つい兜で覆われていたため顔すら見えなかった。

だが彼の鎧の左胸の部分には黒の国の紋章が刻まれていたので彼が魔族の兵だというのはすぐに分かった。




381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:01:15.95 ID:hr/uKPTi0

私「......よぅ、今の炎撃魔法はアンタの仕業か?だとしたら随分と乱暴なご挨拶じゃねぇかよ」

思えばこれが私がアイツに掛けた最初の言葉だ。
皮肉と敵意たっぷりに言ってやったことをよく覚えている。

アイツ「......正直驚いた、まさか今のを耐えるとは......並の防壁魔法では防ぎ切れない筈なのだが」

淀みない口調に芯の通った声。
まるで王族や上流貴族のような気品ささえ携えたその声は彼が人の上に立つ器の持ち主であることを表しているかの様だった。

私「おいおい、舐めてもらっちゃ困るな」

アイツ「舐めてなどいない。むしろ褒めたつもりだったのだがな」

私「そうかい、そりゃどうも」

私「んじゃ今度は俺からの挨拶だ......『さようなら』のな!!」ドンッ!!

私は地を蹴りアイツとの距離を一瞬で詰めた。
アイツは私のスピードにも憶することなく瞬時に腰に差していた剣を抜き放ち防御体勢に入った。

私「......」ニッ

タンッ!!

アイツ「......!?」バッ

そこで私は跳んだ。

奴の頭上を弧を描く様に宙を舞ったのだ。

流石に私のその動きは予想外だった様でアイツは私を見上げ一瞬硬直した。

その一瞬は私にとっては十分すぎる一瞬だった。




382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:02:11.45 ID:hr/uKPTi0

カアアアァァァッ!!

私『三重雷撃魔法陣・轟』!!

ズガガガーーーン!!

バリバリバリバリ!!

地上目掛けて放った多重最上級雷撃魔法陣は轟音と共に一帯をいかずちの海に沈めた。

数々の戦場で魔族の兵達を一網打尽にしてきたその雷撃を受けて立っていた者など一人もいなかった。

勝利を確信した私は空中で優雅に三回転すると華麗に着地を決めてみせた。

私「俺が上に跳んだことに反応できたのは誉めてやるよ」ヘヘッ

私「普通の奴には視界から消えた様にしか見えねぇハズだも............!?」ゾクッ!!

ビュバッ!!

私「くっ!?」サッ

その日二度目の凍てつく殺気を感じ私は瞬時に身を屈めた。

頭部へ向けて背後から放たれた横薙ぎをギリギリでかわしそのまま前転、背後を振り向きつつ距離をとると奴がその手に剣を携え悠然と立っていた。

私「......おいおい、今ので生きてるだと......?」




383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:03:12.09 ID:hr/uKPTi0

アイツ「そう驚くことでもないだろう」

鎧についた砂埃を払いながらアイツは淡々と話し始めた。

アイツ「単純な話だ。貴様の放った雷撃魔法を私の雷撃魔法で相殺しただけのこと」

アイツ「まぁ数コンマ私の方が魔法陣を発動させるのが遅れたからな、魔力の集中が足りなかったため完全相殺することはできなかった」

そう言って先のボロボロになった漆黒のマントの裾をこちらに見せてきた。

アイツ「お陰でこの通り、一張羅が台無しだ」

私「......今まで防いだ奴は一人もいなかったんだがね」

アイツ「そうか、お褒めに与り光栄だよ」

私「褒めてねぇよ」チッ

私(簡単な様に言いやがったが今の芸当、そうそうできるもんじゃねぇぞ?)

私(あの一瞬で俺の雷撃魔法のダメージを十分軽減できるだけの魔力を集中させた反応速度と魔力量、俺の攻撃に対するベストな状況判断......)

私(多分大賢者の爺さんぐらいしかできない様な完璧な対応をしてくるとは......コイツとんでもなくデキるな......)




384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:04:26.36 ID:hr/uKPTi0

私「............そうか」

アイツ「?」

私「お前が銀の国で千人斬りをしてのけたっていう魔将軍か」

アイツ「......なんだ、今頃気付いたのか?」

アイツ「いかにも、私が魔将軍だ」

私「その魔将軍サマともあろうもんが部下も引き連れずに一人で出陣か?相当人望がないみたいだな」

アイツ「そういう貴様も一人ではないか」

私「俺はわざと一人で来てるんだよ」

私「周りに仲間がいない方が気がねなく思う存分戦えるんでね」ニッ

アイツ「私も同じ理由さ」フッ

私「へぇ、随分な自信じゃねぇかよ」

アイツ「お互い様ではないか?」

私「............フンッ、そうまで言うなら全力で相手してやるよ」

私「後悔するなら死ぬ前にしとけよ」

アイツ「ほぅ、面白い」




385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:05:11.52 ID:hr/uKPTi0

私「......ハァッ!!」チャキッ

カアァァ!!

私は剣を持つ両手の甲に拳大の魔法陣を展開した。

私「はあああぁぁぁぁ......!!」

バチバチ......バチバチバチバチ!!

そして両手の間に雷撃魔法を発動させ刀身へと魔力を集中させた。

バチバチバチバチ!!!!

高密度の魔力は次第に弾ける音を強くしていき、圧縮されていく雷撃は青から紫へそして白へと輝きを変えていった。

私「ハァッ!!!!」

ドンッ!!

最後の超圧縮を終えると魔力の波が周囲に強風を巻き起こした。

アイツ「な............」

私「............待たせたな」

カアアアアァァァ!!

アイツ「......それは!?」

さしものアイツも私の手に握られた光の剣を眼にしてド肝を抜かれた様だった。




386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:06:11.15 ID:hr/uKPTi0

私「『魔法剣』......って言ってな、超高密度に圧縮した攻撃魔法を剣に纏って扱う裏魔法だ」

私「極限まで圧縮された俺の雷撃魔法の剣は『絶対轟断の剣』。金属だろうが魔法だろうがあらゆる者を斬り伏せる」

私「攻撃魔法を一定の形で保ち続けることの難しさは言うまでもないだろうけどそれを継続させるためには膨大な魔力が必要になる」

私「昔から理論的には可能だとされてたみたいだけどその使い手は1人もいなかったらしい」

私「かく言う俺もこういう繊細な魔法は大の苦手でな、2年かけてやっと出来るようになった」

アイツ「............」

私「ま、幻の秘剣に斬られてあの世へいけることを感謝するんだな」

アイツ「............驚いた」

私「......?」

その時私は奴の声色に疑問を持った。

何故か嬉しそうにそう言ったからだ。

だがその疑問はすぐに解消されることになる。




387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:06:45.69 ID:hr/uKPTi0

アイツ「......まさか私以外に『魔法剣』を使う者がいるとはな」チャキッ

私「............何?」

カアァァ!!

奴は先刻までの私と同じ様に両の拳に魔法陣を展開すると手にしていた剣へと炎撃系の魔力を集中させていった。

ボオオゥゥ!!

アイツ「はあああぁぁぁぁ!!」

メラメラメラメラ!!

ゴオオォォォ!!!!

高密度の魔力は次第に燃え盛る音を強くしていき、圧縮されていく炎撃は赤から青へ、そして黒へと色を変えていった。

アイツ「ハァッ!!!!」

ドンッ!!

奴を中心に熱風が巻き起こった。
ある程度距離を取っていた筈だが火山の火口にでもいるような熱気が感じられた。

私「な......まさか、そんな......」




388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:07:46.20 ID:hr/uKPTi0

私は奴の手に握られた黒炎の剣を目にして驚愕のあまり言葉を失った。

紛れもない魔法剣だった。

見かけ倒しの魔法などでは無い、正真正銘の魔力を纏った剣が奴の手には握られていた。

と言うよりも見かけ倒しの魔法剣など存在しようがないのだからそれが魔法剣であると認めざるを得なかった。

アイツ「炎撃魔法を超圧縮したこの剣はあらゆるものをその灼熱の刃によって焼き切る......『絶対灼斬の剣』と言ったところか」

私「............」

アイツ「貴様と私はよく似ている様だな」フフッ

私「やめろ。お前みたいなスカした野郎と一緒にされたら虫酸が走る」チッ

アイツ「フッ、そうか」

私「それに俺とお前が似てようが似てまいがんなこと関係ねぇんだよ」スッ...

アイツ「......?」




389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:09:05.82 ID:hr/uKPTi0

私「俺とお前が敵同士で、殺し合うことに変わりはねぇんだからな」チャキ

アイツ「............」

アイツ「......それもそうだな」チャキ

私と奴は構えをとり魔力を解放した。
二人の魔力が大気と大地を微かに揺らしていた。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ......!!

私「............」バチ...バチチッ

ゴゴゴゴゴゴゴゴ......!!

アイツ「............」ゴオォ...

ドドンッ!!

両者が地を蹴ったのは同時であった。

私「らぁ!!」ビュッ

アイツ「ハァッ!!」ビュッ




390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:09:55.19 ID:hr/uKPTi0

ガキィーーーン!!

バチバチバリバリ!!

上段から振り下ろした私のいかずちの太刀と左薙ぎで振り抜いた奴の焔の太刀が真正面からぶつかり合いけたたましい金属音と高密度の魔力のぶつかり合いによる異音を奏でた。

私「!!」

アイツ「!!」

達人同士ともなれば剣と剣を、拳と拳を、軽く交えただけで相手の力量をある程度推測することができる。

「こいつは明らかに自分より格下だ」とか「こいつには少しばかり苦戦しそうだ」だとか......そう言った具合にだ。

そして......私達もその第一撃によって互いに相手の力量を悟った。

『自分と全くの同レベルだ』と。

こいつを殺るには自分の全力を、全身全霊全てを懸けなければならないだろう。

そう悟った。




391 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:10:29.26 ID:hr/uKPTi0

私「う......おおおおおぉぉぉぉ!!」

アイツ「は......あああああぁぁぁぁ!!」

ギィン!!

ガキィン!!

ガガキィン!!

キキィン!!

キィン!!

ガキイィーーン!!!!

相手の力量を知り全力で闘うことを覚悟した私は傲りや慢心を捨て目の前の敵を殺すために剣を振るった。

だがそれでも奴を仕留めることは叶わなかった。

奴もまた本気で私を斬りにきていたからだ。

奴の魔法剣は炎撃魔法を超高密度に圧縮したもの。
接近戦では避けても防いでもその灼熱が私の身体を焼き焦がしてしまいそうであった。
太刀から噴き上がる業火が私の肌を、髪を、服を焦がしたた。

しかし私の魔法剣も雷撃魔法を超圧縮したもの。
一撃一撃を受ける度に迸る電流が奴の身を切り裂き、雷撃が奴の身体を蝕んだ。




392 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:11:13.94 ID:hr/uKPTi0

キキィン!!

ガキィン!!

私「せいっ!!」ビュッ

アイツ「ハァッ!!」バッ

キン!!

キィン!!

アイツ「......くっ!!」

私(............!!)

私「もらったぁ!!」ビュッ

私の猛攻を防ぎ切れなかったのか奴のガードに一瞬隙が出来た。

その隙を見逃すほど私は甘くはなかった。

勝負を決める一太刀を奴の頭部に向けて放った。




393 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:12:09.86 ID:hr/uKPTi0

ドゴォッ!!

私「が............っ!?」

が、私の手には確かな手応えは無く腹部に強烈な痛みが走っただけだった。

その衝撃と共に私の身体は吹き飛ばされた。

アイツ「剣を持った者同士の闘いだからといって相手が剣撃しか使ってこない、なんてことはない」

アイツ「決めの一撃に目を奪われ私の蹴りには対処出来なかったようだな」

私「......チッ、やるじゃねぇかよ」ムクッ...

アイツ「私の隙を見逃さなかったのは流石だが、貴様の太刀はあの体勢からでも十分避けることができた」

アイツ「あと一歩踏み込んで来てくれさえすればあばら骨の2、3本は折ってやれたのだが残念だ」フッ

私「............」

私「......そいつはどうだろうな?」ニッ

アイツ「......何?」




394 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:13:12.64 ID:hr/uKPTi0

ピシッ!!

アイツ「!?」

パカァン

奴の兜に一筋の線が入った直後、兜は音を立て綺麗に真っ二つに割れ地面へと落ちた。

私「へぇ......思った通りスカした野郎はスカした面してるもんだな」

露になった奴の素顔を見て私は言ってやった。

透き通る様な美しい銀髪と整った顔立ち、そして鋭い光を放つ二つの眼。

美青年、とでも言うのだろう。

とにかく奴の素顔は同性から見ても凛々しく見えたのは確かだ。

アイツ「まさか......先の一撃、かわし切れていなかったとは......」

私「残念だよ、あと一歩踏み込んでたらお前のその面ぶった斬ってやれたのによ」ヘヘッ

アイツ「......どうにも認めざるを得んな、貴様の実力がこの私と同等のものであると」

私「俺もだ。お前が全力で倒すに値する相手だって認めてやるよ」

アイツ「それは誉めているととって構わないか?」フッ

私「今回のは、な」




395 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:14:03.00 ID:hr/uKPTi0

私が答えると奴は嬉しそうに不敵に笑ってみせた。

私も同じ様に笑っていたから奴の気持ちがなんとなく分かった。

「あぁ、コイツも同じなんだな」と。

勿論私がそう感じたのはただの勘にすぎない。

だがそれでも奴ならばこの感情を理解してくれるかもしれないとその時の私は思っていた。

本来なら戦場で敵と語り合うなど言語道断なのだが私は奴に語りかけた。

そうせずにはいられなかった。

私「なぁ......?」

アイツ「......?」

私「変なこと言ってると思うかもしれねぇけどさ」

私「俺今まで戦場で魔族と戦ったり、他の勇者候補と試合したりしたけど......上手く言えないけどずっと心のどっかにでっかい隙間があってよ」

私「『満たされない』......っつーのかな?」

私「俺が全力を出すまでもなく倒せる魔族、本気を出すまでもなく勝てちまう勇者候補達......闘いや勝利になんの満足感も達成感もなかった」

私「まるでひたすらぬるま湯に浸からされてるみたいな感覚だった」

アイツ「............」




396 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:15:25.37 ID:hr/uKPTi0

私「でも今日お前に会えてこうして剣を交えて、俺はすげーわくわくしてる」

私「死ってやつを間近に感じながら自分の全力を出して戦える相手がいるってことが嬉しくて嬉しくてたまらねぇんだ」

アイツ「............」

私「......ハハッ、いきなり意味わかんねー話して悪かったな」

私は自分でも何を言っているのか分からず苦笑混じりに詫びをいれた。

だが奴は私を笑うでも貶すでもなく、静かに言った。

アイツ「......いや」

私「?」

アイツ「わかるさ、私も同じことをずっと感じていたからな」フッ

私「............そうか」

アイツ「しかしなんだな、やはり貴様と私はよくよく似ているようだ」

私「だから俺はお前みたいなスカした野郎じゃねぇっての」チッ

私「それにさっきも言っただろ、似ていようが似て......」

アイツ「『似ていまいが関係無い、私と貴様が敵同士で殺し合うことに変わりはない』......だな」

私の言葉を遮り奴は言った。

そしてその言葉を聞き......私達は自らの立場と自らの成すべきことを再認識した。




397 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:16:23.60 ID:hr/uKPTi0

私「そういうこった」チャキ

私は軽く剣を持ち直した。

アイツ「さて......些か名残惜しい気もするがここは戦場だ。そろそろ終わらせるとしよう」チャキ

奴は魔法剣に更に魔力を込めた。

私「それは俺のセリフだ。この勝負、勝たせてもらうぜ」

私も負けじと魔法剣に雷撃を込めた。

アイツ「私とて負けるつもりなど毛頭ない」

私達二人は構えをとった。
眼は真っ直ぐに相手の瞳を見つめていた。

相手の命をとろうという決死の闘いが始まろうというのに私達二人の瞳は沸き上がる高揚感を隠せずにいた。

そして二人同時に叫んだ。

私「行くぞ!!」ドンッ!!

アイツ「参る!!」ドンッ!!

繰り出した二人の剣撃がまたも交わ......。




398 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:17:31.41 ID:hr/uKPTi0

――カカラァン

私「」ハッ

氷がグラスを打つ音で私は我に返った。

そう、今私がいるのは老いぼれ店主の経営する馴染みの酒場だ。

いつのまにか懐古の念にとらわれていたようだ。

......もう随分と昔のことなのに鮮明に覚えているものなのだな......。

私は感傷に浸りながら手にしていた酒を一口飲んだ。

店主「随分呆けていたようじゃがどうかしたかのぅ?」

店主は簡単なつまみが盛り付けられた小皿を私の席へと置いて言った。

私「......いや、なんでもないさ」

店主「大方昔のことを思い出していたんじゃろう?」

私「......何故分かった?」

店主「ほっほ、やっぱりそうか」ニヤリ

店主「なぁにただの勘じゃよ、勘」

私「勘で心の内が読まれたらたまったものではないな」

店主「誰も彼も分かるわけではないわい」

店主「長い付き合いじゃからのぅ......お前さんの考えてることぐらいは分かるつもりじゃよ」

私「......やれやれ、相変わらず恐ろしい爺さんだ」フゥ




399 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:18:31.37 ID:hr/uKPTi0

小さく息をつきつまみに手を伸ばそうとした時だ。

カランコロン

軽やかな鐘の音が聞こえた。

酒場への来客を告げる音だ。

いくら客の来ないこの酒場と言えど私以外に客が来ることはそう珍しくはない。

店主「いらっしゃ......」

店主は客を見て何故か言葉を詰まらせた。

私「......?」

つまみから店主へと視線を移すと店主は驚き眼を丸くしていた。

よほど来客が意外な人物だったのだろうか?

私がそう考えたところで店主が言った。

店主「客は客でも......お主にお客さんのようじゃな」

私「何を言っているんだ......?」

私は振り向き酒場の入り口を見た。

私「酒場に来たからにはお前の客に決まって............」

客を視界に捉えた私もまた言葉を詰まらせざるを得なかった。




400 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/29(土) 08:19:38.50 ID:hr/uKPTi0

私(あぁ......なるほどな)

そして店主の言葉の意味を理解した。

たしかにその客は酒場の客であって酒場の客ではなかった。

会うのは三ヶ月ぶりだろうか。

実にばつの悪そうなその顔でこちらを見る少年の瞳は困惑と苦悩の色が見てとれた。

若干やつれ気味の顔はまるで昔の自分を見ているような気さえした。

彼がなにも言えずにただ突っ立っているだけだったので仕方なく私から声をかけてやった。

私「............どうした、そこにずっと立っているわけにもいかんだろう」

私「私に用があるのだろ?」








勇者「..................」

100代目勇者――――息子は何も言わずにそっと後ろ手に酒場の扉を閉めた。



勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その1】
勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その2】
勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その3】
勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その4】
勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その5】

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勇者「よっ」魔王「遅い......遅刻だ!!」【その1】